治し方と治り方 ~<続>ウナギのぼりの会は行く。
断捨離のやましたひでこです。
ホリステイック・スペース・ジャパン<HSJ>、バルコニーで朝の光を浴びる。
講演会の翌朝。
帯津良一先生は、早朝始発便で帰京。
永田良一先生は、それよりももっと早く、夜が明ける前に関空へと。
つくづくと思う。
多忙な人こそ、より働き、
多忙な方こそ、忙しいとは言わない。
そして、私のヨガの師、龍村修先生も忙しい方なのだけど、やはり、忙しいと言うことはない。
今回、予定を変更して、ここ、HSJでの講演会に参加して下さった。
薬膳粥の朝食を珍しくのんびりと。
そして、午前中は、おのころ心平先生の門下生の治療家さんたちに沖ヨガの講義と実技指導を。
ヨガとは三密
ヨガとは行法哲学
ヨガとは命の法則の探求
ヨガとは、統一と放下
ヨガとは、自然治癒力、免疫力、丹田力の調和
およそ、ヨガに対してありがちな柔軟体操の類としての認識をくつがえしていく。
傍らで、龍村先生のお話しに耳を傾けながら、私は思いだした。
かつて、沖ヨガ修道場で沖正弘導師から教えられこと。
治す治し方
治る治し方
治さない治し方
治さない治り方
なんだか禅問答のようだった沖先生の治療観。
治療者である「治す側」と患者である「治る側」との関係。
この治し方の違い、治り方の違い、今もって漠としているけれど、ようやっと分りかけきたこの頃・・・
要は、沖先生は、人それぞれの自然治癒能力の発現について語っていたのですね。
放下 ~くつろぎのポーズ~
命の法則にそぐわない治療ほど辛いものはない。
沖先生は、それを、「治らない治し方」だと。
死生観のない延命治療ほど苦しいものはない。
沖先生は、それを、「生死は人知を超えたもの」だと。
そんなこんなの沖先生の教えと言葉を思いだしながら、私にとっても、貴重な講義をいただいた時間となりましたね。

前日の夜、懇親会。
修先生と、その半分以下の年齢の断捨離事務局安永周平。
はてさて、どちらのカラダがしなやかなのでしょうね・・・






