“くいしんぼう”コバマス12日目
カリキュラムのひとつで座禅をしました。
実際にやってみるとなかなか
一休さんみたいに落ち着いてできない
副住職さんの
「良い座禅をしようとしなくていいです」
「ただそこにある自分を感じてください」
という落ち着いた声かけとは反して
脳内ではいろいろな感情が湧き起こって
頭の中がほんとにうるさい
そんな騒がしい感情に
静まれーって思う自分がまるで
脳内学級崩壊中の教室の先生みたいだ
・・・
座禅終了後の質問時間のときの
副住職さんとのやりとりの中で
座禅中に制御不能に湧き上がるさまざまな
感情、思考はいわば
外から聞こえる
カエルの鳴き声
木の葉がそよぐ音
と同じで自分なのに
自分で制御できないものだ
でもそれを制御しようとする
主体的な自分もいる
座禅とは、自分を知るためのもの
で、自分とは
アンコントロールな自分と
コントロールな自分がいて
両方いることを知ることもひとつであり
そこを知ることから
自分の主体性を取り戻すことができる
それは脳内だけでなく自分の外側でもそう。
「縁」というさまざまな出逢いや偶然による
縦糸と横糸の交差したところに自分がいる
今の自分は自分ひとりでできあがったわけではない
さまざまな出逢いや偶然という糸が絡み合ってできている
例えば、自分が嫌いな人も
その人ひとりだけでそう育ったわけじゃない
その人にコントロールできなかった部分もたくさんあるでしょう
そういう意味では目の前の嫌な相手を
許せるというか、
目の前の相手にこだわる強さが
少し弱まりませんか?
という話をされていました。
・・・
副住職さんのお話を
全身で聴いていて
自分と真剣に向き合う方法は
いろいろあって
きっちり向き合った人は
なんだかとても
優しくて
大きくて
言葉に力があって
だいたいそんな方向に膨らんでいくのかな
と思った1日でした( ´ ▽ ` )ノ