大変なこと、取り返しのつかないことが起きると、誰だって、本当のことだと認めたくないんだと思う。


地震の後、街を歩いたら、みんなが普通に歩いたり買い物したり働いたり立ち読みしたり、マックでお茶したりしているのを見て、最初はこんな状況でも今までどおりにしていて、人間はすごいと最初は感じたけど、でも、本当はみんなそうしてるしかなく、何もなかったように暮らしたいんだ・・・そう感じられるようになった。


僕自身も、心の中を覗いたら、いつしか落ちないペンキを一生懸命拭おうとするみたいに、あの日とてつもなく大きな地震が来たこと、それによって取り返しのつかない原発事故が起きてしまったことを、なんとか無視して否定しようとしていることに、気がついてしまう・・・。


僕の場合は運良く東京に住んでいて、これといった被害にもまだ遭っていない。被災地の人たちを心配しながら、漠然とした不安の中で暮らしている。そして、そういう人たちも実際たくさんいると思う。


感じるのは、あの地震によって、望遠鏡のフォーカスが壊れたみたいに、自分の心と頭の焦点がいつのまにかすごくずれて、ぼやけてしまっている感じがすること。


それは、やっぱり、明日からの将来がどうなるかわからなくなってしまったという意識によって、心も頭も混乱して元気を失くし、全体的にボンヤリしてしまったのだと思う。


ともかく、僕が自分の中で今しなきゃいけない・・・と感じるのは、ぼやけてしまっている、この現実世界に対する心と頭の焦点を、もういちど、意識的に何かに合わせるということ・・・。


きっと前向きな物事なら何でもいいんだと思う。アニメが好きな人はアニメに、恋をしているならその気持ちに、仕事に夢を持っているなら、もういちど仕事に対して、家族や、勉強や、ガーデニングや、とにかく、本来持っていた一年後、三年後、五年後の自分のヴィジョンに自分のフォーカスをもういちど戻すことが、今とっても大事なことのように思う。


少なくとも、自分の中で何かにフォーカスが合ってさえすれば、それだけで気持ちは少し安定する気がするから。


壁のフックにバッグを掛ければ、ひとまずバッグは安定する。そんな単純な簡単なことでいい、今は。


ひとことで言うなら、それは「希望」だ。


たとえば、歩いて花を買いに行き、部屋でその日の気分で花瓶を選び、自分流に活けながら、誰かのことを思ったり、明日や半年後の予定のことを考えたり、何気ないそういうことが、今、これからも、いちばん大事なんだと思う。