こんにちは。高橋ゆりこです。
日常には細かい色んな用事があります。
子どもの日々の食事、
子どもの着替え、
子どものお風呂、
子どもの学校のこと、
子どもの習い事の様々な手続きや送迎
ペットのご飯、
ペットのトイレの掃除、
ペットのおさんぽ
植物の水やり
毎日の炊事、
洗濯して干して畳んでしまう、
お部屋の掃除、
トイレ掃除、
お風呂掃除、
玄関の掃除、
庭の掃除
日々の買い物
郵便物の仕分け
・・・
他にもたくさんありますが、プライベートな仕事がこんなにたくさんある上に、仕事をしている人は更に
会社の仕事
があります。
休みの日には、会社の仕事はお休みできる。
でも、育児と家事は平日と同じだけある。
そこにさらに、夫の世話まで加わる。
休日は、わたしの負担は平日以上だ、と、当時のわたしは感じていました。
そのうち、わたしの中にこんな思いが渦巻くようになります。
なんでリビングに靴下が脱ぎっぱなしなのか
なんで自分が食べた食器を片付けないのか
なんでうんちのおむつを変えてくれないのか
なんで休みの日は寝てばかりいるのか
なんでドアをきちんと閉めないのか
なんでスマホばかりいじっているのか
なんでなんでなんで!?
休みの日に夫が寝てる間、私は家事に子育てに平日と変わらない生活
そこに夫が起きてきたら、夫に世話も加わり、週末はゆううつ
いつもドアがきちんとしまっていなくて、イライラする
一日中スマホをいじっていて、何もしない!
私は夫から、毎日こ~んなに沢山被害を受けてる!!!

と、わたしは被害者になってしまっていました。
そして被害者は、「加害者を攻撃する権利を得た」と無意識に思うんだ。
こんなに被害を受けたんだから、文句を言う権利がわたしにはある!と。
そこで、怒りにまかせて夫を攻撃!
「なんで何度も言ってるのに片付けないの?わたしそ~んなに難しいこと言っていますか?」
攻撃された相手は、とうそう(闘争または逃走)します。
「あとで片付けようと思ってたんだよ!ちょっと置いてただけじゃん!うるさいな。」
わたしの夫は闘争にスイッチが入りました。
そして、この瞬間から、夫もわたしと同じ被害者に。
悪いって思ってるのに、やろうと思ってるのに、そんな言い方されたら・・・むかつくわ! と。
そして被害者同士の
「いかに自分のほうが被害が大きいか」の争いがはじまる。
そうなると、お互いに、盛る盛る(笑)
「後でじゃなくて、最初から洗濯カゴに入れてよ!食べた食器だっていつも置きっぱなし!」
「そんなのオレの勝手だろ!キミのモノだって色んな所に転がってるじゃん」
延々つづく・・・
あるとき、ちょっと落ち着いて考えてみた。
そもそも、わたしは何で怒っているんだろう?
わたしが言わなくても察して自分で考えて片付けてほしい
家事も育児もせずに自分のことばかりしててずるい
わたしの中には、こんな思いがあった。
では、この期待にはわたしのどんな本音が隠れているだろう?
ここを、ほりほりしてみた。
夫に自分で考えて片付けて欲しいのはなぜ?
自分のことばかりしてると何でずるいの?
察して貰えない、わたしの大変さを減らしてくれない夫は、わたしを大事に思っていない
わたしは、こきつかわれてもいい、価値の低い人間なんだ
わたしのことより自分の方が大事だから、自分のことばかりしてるんでしょ
出てきた出てきた。
わたしの心の根底にある本音は、
もっとわたしを、大事にして欲しい
この一言に尽きるのだった。
だったら、その本音を、夫に伝えよう。
ただ相手に怒りをぶつけるのでは、本音は伝わらない。
それでは、延々被害アピール合戦が続くだけ。
本音を伝えなきゃ、相手には伝わらないのだ。
そこで、こんな風に伝えるようにしてみた。
わたしが言ったことをやって貰えないと、わたしの言葉はあなたにとって価値がないから、いつも聞いてくれないんだって感じるからすごく悲しいよ。
そうしたらね。
靴下をおきっぱなしにするのも、ドアを開けっ放しにしちゃうのも、食器を片付けないのも、わたしへの愛情とは無関係だって。
ただ単に、ずぼらだから、後で片そうと思って忘れちゃうだけ。
本当に悪いと思ってるし、いつも片付けてくれて感謝してる。
と、夫から言われたのです。
さらに。
夫は、妻も子も彼なりにとても大切にしていると。
毎日、家族のために休まず仕事に行ってがんばってるじゃんって。
わー![]()
夫が仕事をがんばってるのは、家族に対する愛情だったのか!!
わたしはそんな風には全然思ってなかったから、当時、これを聞いたとき本当に驚きました。
でも、今なら分かります。
以前、男は家でゆっくりできないと悪さするよ という記事にも書きましたが、
宇宙の法則で、男性にとっての仕事とは、
家族を養うことが主な目的となり、義務・責任 (マイナスエネルギー)で行っている場合が多い、と捉えています。
そのため、仕事をすることによるエネルギーの消耗は、女性が働く場合より、かなり多いのです。
そのとても消耗する仕事を、毎日休まずに行くのは、家族を養うため。
この行動こそが、夫にとっての家族への愛そのものだった。
そんな風に外で頑張って働いてくれているのに、家ではちくちく夫に嫌味ばかり言っていたわたし。
夫から、
「嫌味ばっかり言われて、すんごくこの家居心地悪い」
と言われたこともありました。
当時の家庭は、全然充電できない環境だったのに、よくぞ家族のために頑張ってくれていたな、と、感謝が溢れました。
報われなくても、黙々と、家族のために働き続けていた夫。
これこそ、究極の愛でした。
愛情は、受け取る側が欲しい形で届けなければ、その愛情は届きません。
でも、愛情を届ける方は、相手がどんな形で欲しいのか分からないことが多いのです。
だから、受け取る側は、相手に欲しい形をきちんと伝えた方が良い。
大事にされていないように感じる と伝えてから、
怒りをぶつけるんじゃなく、本音を伝えたら、
夫はしっかりと答えてくれました。
そして、さらに気づいたことがありました。
夫の究極の愛に比べたら、家事や育児に協力してくれない!というわたしの不満は、ずいぶんとスケール小さいなって。
さらに、ぶっきらぼうに嫌味を言っても、許される私。というのが根底にあって、ずいぶんと夫に甘えていたなって。
とても反省しました。
それからは、夫が今まで通りでも、そもそもイライラしなくなりました。
でも、疲れててお願いしたいときも、ある。
そんなときは、こんな風にお願いするようにしました。
「ここに脱いだ靴下さん。カゴに入れてくれると嬉しいにゃ~ん。」
「そろそろ起きてくれないと寂しいよ~。」
「食べた食器を片付けてくれると、妻が喜びま~す。」
すると、ほいほい上機嫌でやってくれます。
ギスギスした雰囲気や距離を測っている感じ、構えている感じ、ため息、全てが、生活のどこにも無い。
私が本音を伝えただけです。
わたしが言い方を変えただけです。
それだけで、家の中の空気ががらりと変わりました。
そして、靴下がカゴに入ってるとき、早く起きてきたとき、食器を片付けてくれたとき、
「や~ん。ありがとう☆嬉しい!」
見逃さずに、必ず、絶対に、言うようにしました。
するとどっこい!
部屋に脱いだ靴下が放置されることがほとんど無くなりました。
休日の朝も、きちんと起きてきます。
食べた食器は必ず片付けます。
平日の朝に急いでいて片付けられないときは、「ごめんね。片付けておいてもらえるかな?」と言ってから出かけます。
私が食器を片付けていると、「いつもありがとう~」と言われるようになりました。
さらに、口に出さずに居たことや、私が気に留めていなかったことまで、気がつくようになりました。
ペットのご飯、ゴミ捨て、掃除etc
不思議~!
日常の中で、夫に対して腹が立つことが皆無~!
わたしの中の強い被害者意識がいつの間にか消えました。
私が変わったら、現実と相手が何故か変わりました。
イライラすることも無く、ほのぼのと、休日は家族で過ごせるようになりました。
休日が苦痛だったのが嘘のようです。
やったことはこれだけ。
本音を伝える。
言い方を変える。
小さな変化?ですが、日常は延々と続く毎日の積み重ね。
ここが、ストレスゼロになると、人生がとたんに晴れ晴れと軽やかになると、わたしは強く実感しました。
かつては、家の中にいると、知らず知らず体が緊張状態で、
大好きな図書館に一歩入った途端、深い安堵が胸に広がるほど、夫に対して緊張していた、6期からUMI講師を務めるさいとうかおりちゃん。
かおりちゃんは、UMIで自分と向き合ったら、
気難しかった夫さんが、なぜか洗濯男になり、家電のトラブルも快く引き受けてくれるようになったんですってー^^
UMIって、予想をステキな方に裏切る変化をするところが、さいこー面白い!