子どもの学ぶ力は大人の予測を超えている | 否定しない子育て。森と自然と親子の暮らし。

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ずっと強い自己否定をして生きてきた私。母親になって子供たちの生きる姿に自分の生き方を見直し「否定しない」ことが幸せへの道だと知った。保育士となった私が大好きな自然の中での暮らしとともに綴るママと子どもたちへのメッセージ。

ご訪問ありがとうございます
ナチュゆるリストのかなりん♪です


ずっと書きたかったけど
なかなか時間がとれなくて
胸に溜めていた思い
吐き出します

学校教育について
熱く語らせてください


学校の先生は
子どもに対して
正解を教えます

学校の先生が
子どもに対して
質問をするとき
正解を期待して
聞いてきます

だからその答えと
違うことを言った時
その答えが受け止められないことがあり
そんな経験をすると
子どもは
自分の言いたいことを言えずになり
大人が期待する“答え”を
言うようになります

というのは
私のことでした

ここまでは前置き


で、先週保護者ボランティアとして
目の不自由な人を招いて行う
体験授業に参加してきました
息子の4年生のクラスです

二人ペアになって
一人が目隠しをして
もう一人の人に先導してもらう

階段や段差、教室での机や障害物など
相手とのやりとりで
立場を変えて
体験し、最後に目の不自由な方に質問をして
感想を発表するという内容でした

私は目の不自由な方の先導役として
体験することに
すっかり視界を委ねられると言う
初めての経験をしました


そして、体験が終わって
先生(ここではボランティアセンターの方)が
「今日の感想を発表してください」と

そして何人かの子が
元気よく手をあげました

その感想が
「たのしかったです!」

「最初は怖かったけど、楽しかったです!」

そんな感想が2、3人続いたところで
その職員の方は
きっと目の見えない方に配慮してか
この授業は(目の見えない)体験を楽しむことは目的ではないよ、ということを
言いました。
子どもたちが、障害を面白がっているのかもしれないと
感じたのかもしれません

そして、その後に

「目の見えない人の気持ちが分かりました」
と優等生的な答えをした子に対し
「すばらしいね」と拍手で返したのです

これって、違和感でした
大人が期待する答えを言った子には
拍手で返し
「楽しかった」という感想を言った子には
それは暗に言ってはいけないよ、というニュアンスを感じたから
言った子はどう思ったかな?と思いました

子どもは言葉足らずだから
「楽しかった」の気持ちの底には
子どもなりの想いがあったはずです


私の息子も、最初に「楽しかった」と言った一人でした。
そして、何人かのやりとりを聞いて
きっと自分の言った「楽しかった」が
この職員の方に伝わっていないと感じたのでしょう
もう一度手を挙げて、楽しかった理由を発表したのです

それは
「最初は見えなくて怖かったけど
 ペアの人を信頼できるようになって
 最後には楽しくなりました」


この答えに私ははっとさせられました
子どもは深いところでこの体験を学んでいる

そう、
世界は
信頼することで
楽しくなるんだ




大人が期待する
「目の見えない人の気持ちが分かりました」
なんて答え
うすっぺらいこと
子どもたちは分かっている

そんな答えは大人受けするだけで
ほんのちょっと目隠ししただけでは
その人の人生なんて
分かるわけないんだよ


でも、信頼することで
怖い体験が
楽しくなることは
分かった


これって
宇宙の法則じゃん!
楽しく豊かに生きるための
必須項目じゃないの!!!!



そして、息子が
目の不自由な方に投げかけた質問

「今日、ぼくはペアの人を信頼することができるようになって
 安心して楽しめました。
 人を信頼できるようになるまでどのくらいかかりましたか?」

大人でもなかなかできない難しい質問です
答えてくれた方も、一生懸命、真剣に考えて答えてくださいました


一人の方は、急に眼が見えなくなったので
最初は怖くて外にも行かれなかった
だけど家族は信頼できた
家族に支えられて、外へ出られるようになったけど
2年くらいかかりました、と


もう一人の方は
信頼することは難しかったけど
外へ出てみるとみんながやさしくしてくれた
だから信頼できるようになったんです

とお話しして下さった


世界を信頼することができると
世界がやさしくなる


子どもたちはその真実を
感じて学んだんだ


そして、自分の感じたこと
思ったことを
しっかり発表できた
息子に
親ばかながら
感動してしまった


先生受けする答えではなく
自分が感じたことを
伝える力
育ってるんだ・・・


大人が予測する範囲のことなんて
とっくに超えちゃっている子どもの学ぶ力
もっと大人は謙虚になって
子どもの学ぶ力を
見極めないといけない時代なんじゃないかな



この力は
勇気づけ国語塾
養われたのだな、と
実感しています


どんなことを言ってもOK
親や教師のいいなりにはならない
自分の意見を伝える力があるから
従順な子どもにはならない

アドラー流子育てをすると従順な子は育ちません。

従順ではないけれど
しっかりと自分を持った
素直で頭のいい子に育ちます


月に一回
笑いに行っているようなもんだけど
こうして学校の場で
アドラー的発言をしてくれちゃうと
さすが!勇気づけと
思っちゃうのよね


こちらの勇気づけ国語塾長ブログ、ぜひ読んでみて~
先生にも読んでもらいたいな