今回の参詣は、神楽坂の善国寺にある開運出世稲荷へ。

神楽坂の毘沙門さまとしてしられる日蓮宗のお寺。

社頭には狛犬ならぬ“狛虎”が安置され、珍しいこともあって当寺の象徴的な存在。

 

 

 

 

 

周辺に東京理科大・日本歯科大・法政大とその関係施設に囲まれた地域ということもあって平日は学生ばかりだが、休日ともなれば若者からお年寄りまで、多くの人たちが旧花街とどことなく残る江戸情緒を感じに訪れ散歩を楽しむ姿が見受けられる。

 

 

 

 

 

鎮護山善國寺 ちんござん ごこくじ

 

徳川家康が開基となり、文禄四年(1595)に池上本門寺第十二世貫主佛乗院日惺上人により、馬喰町に開創した。寛政五年(1793)に現在地へ移り、芝松流山正伝寺・浅草誠向山正法寺とともに江戸三毘沙門と呼ばれた。

 

 

 

 

 

江戸名所図会 巻之四 天権之部 「牛込神楽坂」

 

右ページの坂上に毘沙門堂が見える。

牛込(うしごめ/うしごみ)は大宝元年(701年)ごろから牛牧という牧場が設けられたことに関連した地名とされる。大永期(1521-1527)頃には、藤原秀郷流足利氏庶流の大胡勝行がこの地に入って牛込氏を称し、神楽坂上に牛込城を築いた。寛政四年(1792)に善国寺が移転してくると門前町が形成され、茶店や岡場所が軒を連ねた。また徐々に花街へと移り、大正期には隆盛を誇った。明治初期にはミルク需要が伸び始めたことで、ここ神楽坂の一部でも牧場が営まれていたという。

 

 

 

 

石虎

新宿区指定文化財。

狛犬のように配置されていることから通称“狛虎”と呼ばれ親しまれている。

右が阿形で左が吽形。左の方は戦災の影響らしく尻尾当りが欠けている。

 

 

 

 

石虎台座

 

 

 

 

本堂

堂内は撮影禁止。御厨子の正面と参拝者の間には黄金の富士山の燭台が壁を成し、撮影どころか直視すら困難。正五九の寅の日に御開帳され、御祈祷を受けられる。

「正五九(しょうごく)」とは、正月・五月・九月のことで、昔は寺院だけでなく神社でも祭日や縁日が開かれた月。

 

本尊の毘沙門天といえばその出立から武家の信仰が篤く、寛文十年(1670)に焼失した際には、徳川光圀によって麹町に移転再建された。以来、徳川本家・御三卿より一橋家と田安家の祈願所となった。

 

 

日惺上人 にっせい しょうにん

当寺の開山。(開基は出資者、開山は実際に住職となって興した者)

摂関家二條家十五代当主昭実〔従一位関白右大臣藤氏長者〕の実子という。

昭実は足利義昭から偏諱を受け、織田信長の養女を妻とし、豊臣秀吉・徳川家康と天下人と接触が多かった人物。江戸幕府と親交が深く、武家の窓口として活躍し昭実以降二条家当主は代々将軍家から偏諱を受けた。

日惺上人は本門寺貫主になった際に、昭実より贈られた毘沙門天像を当寺の本尊として安置した。加藤清正の護持仏ともいわれるが、お寺のホームページには記載なし。

 

 

 

 

絵馬所

石虎をモチーフに、生きているトラのように彩色を施したかわいらしい絵馬。

そして当寺と言えば、ジャニーズの「嵐」のライブチケット当選を祈念する絵馬奉納が多い事が有名。メンバーの二宮和也が出演したドラマのロケ地となって以来、ファンが参拝するようになったとか。赤羽八幡神社、赤坂乃木神社、赤坂豊川稲荷など、都内にもジャニーズファン御用達の神社がそこそこある。

 

 

 

 

 

開運出世稲荷

 

本堂右側に鎮座。残念ながら、寺院に祀られているお稲荷さんというのは由緒の無いことが多い。境内に御由緒の掲示は無く、ホームページにも全く触れられていない。

 

 

 

 

 

かすかにめくれ上がった御簾を覗いても中には何も無いような。

 

 

 

 

 

浄行堂

 

稲荷堂左隣の浄行菩薩。

 

 

 

 

次回は、善国寺の周辺散歩。次々回は神楽坂祭りを掲載します。

 

 

 

 

写真は2011.2.20と2014.3.15、11.27撮影

 

備考

社号 開運出世稲荷

祭神

創建

祭日

末社

社務所

所在地 新宿区神楽坂5-36

    鎮護山善國寺境内

その他 徳川家康開基 新宿山ノ手七福神

    江戸三毘沙門天