わたしの人生ストーリーを書いています♪
外資系ホテルでのウェディングプランナー時代

前回までの記事
その1 その2 その3(小中学生)
その4(高校生) その5(ホテルで働く)
その6(ホテル革命につき何でも屋)
その7(芸能界?)
そもそも社員ではなく、業者で出入りしていたはずの
わたしは、そのカリスマ上司によって
営業部ブライダル課へと異動。
結構できる社員さんがブライダル課に呼ばれると
思っていたので
本当に正直「わたしでいいんですか・・・?」と不安に

でもその引き抜き(?)は
わたしには「断る」という選択肢はなかったようで
カリスマ上司に
「ノーチョイスだ」 と言われました。
(外資系だからね、英語多かったんです)
ノーチョイス!

この言葉には驚きました・・・
そうか、雇われるということは、ノーチョイスなのかと
(もしかしたら、この頃起業したい気持ちが???
この頃21歳!w)
営業部ブライダル課でウェディングプランナーになった私。
クレームがつかないことが強みでした
ここでの仕事は、
今の私になるために必須のことだったと思います
前の部署では一匹狼でしたが、
ここでは一番の若手でしたので、先輩方とうまくやるということを
学びました!

仕事は、
会場見学に来た新郎新婦を案内し、見積もりし、
申し込んでもらうこと
新郎新婦の担当になり、打ち合わせから当日まで
ミスなくこなさなくてはいけないこと
何百万という請求書から、支払ってもらうこと

責任重大

(これを経験してなかったら起業にふみきれなかったけど)
でも、自分のやる仕事が数字になって現れることは
初めての経験で
それがすごく刺激になりました

持ち前の負けず嫌い精神はこっそり強くなり

ブライダルフェアでの予約件数を争い
みんなの倍以上の予約を獲得したり

こういうやつ、ありましたw
ただ・・・
こんな忙しいなかでも、芸能界の仕事もしたため
新郎新婦の担当になり打ち合わせが入る→
急なオーディションや仕事に行けない
となり悩み
会場見学のお客様の予約成約率が高かった
のもあって
打ち合わせ担当はせず
会場を見学にきたお客様への接客に専念させてもらうことに
もうこれは、お客さま満足度とかじゃなく、
何件とれたか、数字のみです
何件、見学のお客様を接客して
何件、正式に申し込んだかという、「成約率」が
常に気になるようになりました。
結果、24歳のときには
成約率45%という、会社イチの結果を残しました
この直後、
プライベートでは結婚の話が出て
結婚
芸能界の仕事も完全引退となりました。
顔のまるさがはんぱないこの頃w
