鼻呼吸のリハビリ続けてきて
たぶんいつもよりは鼻呼吸時間が長くなりつつはあるんだけど
ふっと
身体の声を聴く
そういうところに戻ってみた
身体に起こっていることは
意味のないことは一つもない
鼻水を出したいのも
それで鼻がつまるのも
身体からしたら何かの訴え
あるいは何かの代わり(代償みたいなもんか)
鼻水(分泌物)ってことは
何かを出したい
詰まるって事は上手く流れない??
ここ数日、光(咋冬流産した息子)のことを思い出してブログに残そうとしていたり
光の妊娠中のことがフラッシュバックしてきたり
ネットサーフィンして、奥谷まゆみさん関連のことを検索していて整体講座の友人のブログにたどりつき
なんだかいろんなことがつながりそうになっている
その友人も、身体から出ている分泌物が気になって相談したとこだった
結論は
自分が泣けない人だということ
だから別の形で身体が出そうとしていると
ここ数日の私の状態と結びつく
光のことをふと思い出しては涙が流れたり
妊娠中のことがフラッシュバックしたら、なんだかそのときの「きつい」「つらい」って気持ちがまだ自分の身体の中に残っている実感があったり
やたらと「泣く」というテーマの文章が目に飛び込んでくる
何かの、誰かからのサインなんだろうか
私はまだまだ泣きたかったんだろうか
あんなにたくさん泣いたのに
まだまだ何かを出し足りないんだろうか
感情はまだまだ流したいのに
頭で受け入れようとしていただけなんだろうか
そうだった
身体の声を聴くということは
受け入れるというよりも
「感じきる」ってことだった
だけどたくさん泣いたあのころは
そんなことは知らなかった
感じきることはしてないだろうな
私はあのときのことを
もう一度感じきりたいのだろうか
去年、泣きたい感情を身体に残してしまっているとしたら
今年になって鼻水が復活したのもなんだか納得が行く
もう一回
去年のことをなぞってみようか
感じなおし?
あのときには戻れないけど
今の私に何が残っているのか感じてみようかな