「ある」とも云えるし、「ない」とも云えるし。
今宵は、「経絡」について。
東洋医学に興味をお持ちでね。
脾経とか、腎経とか。
そんな言葉を聞かれたことのある方。
そういう方向けの内容です。
昨日、一昨日の記事でね。
胃経についてご案内してましたね。
「噛み締める」
これは、本来ね。
「食べる」ことに関わる動作。
経絡で云えば脾経、胃経。
私の考えではね。
獲得は胃経。
吸収は脾経。
食べ物を獲得。
摂食行動を指します。
だから、「噛む」行為は胃経の仕事。
実際、胃経の流注(るちゅう)は、こめかみを通っています。
「流注」って、経絡の通り道、ルートのこと。
胃経とはね。
「噛む」という行為に反応する全ての細胞。
その集団、チーム、運命体。
経絡とはね。
そのシンボル的生命活動に対する
「協働作業体」
であると。
これに関して、故増永静人(ますなが しずと)先生がね。
『経絡と指圧 』
医道の日本社 4,410円
で、こう述べられています。
-以下、抜粋のうえ、要約-
・深呼吸をすれば、肺、大腸経が、
・食べ物を抱きかかえようとすれば、脾、胃経が、
・沈思黙考すれば、心・小腸経が、
・突進準備をすれば、腎、膀胱経が。
・寒気を防ごうとすれば、心包、三焦経が。
・方向に迷えば、肝、胆経が。
それぞれに緊張する。
我々の身体は、神経の刺激や筋肉の緊張で動かされる以前に、
何かをしようとする気が働いているのである。
- 以上 -
上記のような各経絡の象徴的な行動。
それをとろうとする気に反応する生命集団。
それが「経絡」であると。
例えばね。
肝、胆経は、「方向に迷う」。
経絡の流注も身体の側面を走行。
あたふた迷うことをね。
「右往左往」
っていうでしょ。
また、胆経の症状として、「優柔不断」になると。
「決める」ってことは、「前に進む」こと。
右や左やで、オロオロしている時ってね。
当然、前に進めない。
決断力が低下する。
これらを象徴的にとらえてみる。
すると、肝、胆経の働きはね。
道に迷うだけでなくてね。
判断に迷うことも含まれます。
何事も迷ってばかりだとね。
肝経、胆経が滞りやすい。
逆に、肝経、胆経が滞るとね。
何事にも迷いやすい。
経絡ってね。
生命現象なんです。
単なる気の通り道ではありません。
東洋医学をね。
施術に活かそうと考えられておられるなら。
前述の増永先生の著書。
激しくオススメします。
テクニックは書かれていません。
生命に対する姿勢が書かれています。
溢れる愛を感じますね。
施術者の意識の在り方でね。
施術効果も変わるのだから。
テクニックを学ばれる前にね。
まず、こちらを。
で、そういう前提のうえでね。
一昨日のこの首の付け根。
ここは胃経の流注ではありません。
教科書的にはね。
大腸経の守備範囲。
もう少し前ですよね、胃経は。
頸動脈の拍動が感じられるあたり。
でも、「噛み締めて」反応する。
「凝る」わけですから。
だったら、協働体でしょ。
だから、胃経。
じゃあ、大腸経じゃないの?
いえ、大腸経でもある。
そっちでも協働してるのなら。
施術でもね。
こめかみをゆるめただけでは、コリが残る時。
大腸経の合谷や手三里にソフトタッチ。
取れますよ、ちゃんと。
「胃経でもあり、大腸経でもある。」
ハイ、良い加減ですね(笑)
経絡ってね。
科学的にはね。
存在を証明されていません。
「そんなラインは存在しない。」
ないですよ、当然(笑)
その視点では。
けど、私は日々の施術で体感しています。
その存在を。
それだけで十分。
施術ではね。
ツボにソフトタッチ。
相手と意識が融合してね。
皮膚の境界線が曖昧に感じられた時。
初めて経絡がスジとして体感できるんです。
照れ屋さんが登場してくれるんです。
相手が警戒している時はダメ。
施術者の自我が強くてもダメ。
「相対的」
なんですよ。
科学には、再現性と普遍性が欠かせません。
相性や意識の状態でね。
異なる結果が出る。
しかも、主観的に観じているだけですから。
とても科学的には証明できません。
っていうか、する必要なし。
体感できないものは、腑に落ちません。
「経絡」とは、感じるもの。
そして、観じるもの。
あなたも経絡を観じてみませんか?
セラピストとしてではありません。
良い加減な人になるために(笑)
明日は、東洋医学の良い加減さについて。
では、今宵はこのあたりで。
