昔は、同じだったみたいですよ。
読み終えました。
『身体の宇宙性 東洋と西洋 』
著:湯浅泰雄 岩波書店 2,730円
繰り返し読んでいます。
読むほどにね。
いいダシが出てきます(笑)
「身体」とありますが。
著者は哲学者です。
具体的な身体技法は述べらていません。
哲学者なんですけどね。
他の著書を観てみると、
・『「気」とは何か』
・『気・修行・身体』
・『宗教経験と身体』
など、「身体」に関するもの多数。
本作もね。
「身体」をキーワードに。
人体と宇宙の相関性について。
切り口としてはね。
歴史、思想、宗教など。
東洋と西洋の比較を重点に。
最近、「易」にハマっている私としてはね。
ネタの宝庫でした。
心の中で「へぇボタン」連打(笑)
講座で垂れる蘊蓄がね。
ダダ漏れに止まらなくなりそう(笑)
もちろん、「学問のための学問」ではなくてね。
日常生活にどう活かせるか?
って観点でつなげていきます。
例えば、東洋医学と西洋医学。
「対極性」の代表ですよね。
なぜ、そういう観点になったのか?
詳しくは、本書をご覧ください。
めちゃ納得しますよ。
とりあえず、ひとつ。
キリスト教以前の古代ではね。
西洋も東洋と同じ視点を持っていたんですよ。
いわゆる神話時代。
キリスト教はね。
崇める神様はひとつ。
イスラム教もね。
「一神教」ですね。
古代の日本は、「八百万(やおよろず)の神」。
「多神教」ですね。
西洋もギリシア神話やローマ神話の時代はね。
多神教だったんですよ。
神様どうしもケンカしたり、くっついたり。
身近な存在。
人間みたいでしょ。
『古事記』と似ています。
「聖」と「俗」の境界が曖昧。
「鬼子母神(きしもじん) 」
ってご存知ですか?
「夜叉」なんだけど、「女神」なんですよね。
西洋では、間違いなく「悪魔」でしょう。
東洋的でしょ。
「メデューサ」
も聞いたことあるでしょ?
あの髪の毛がヘビっていう妖怪。
でも、同時に「女神」なんですよ。
ギリシア神話では。
女神ってね。
日本のイザナミとか、
ギリシアのアフロディーテとか。
生命の女神、光明の女神であるわけです。
女性性の象徴ですね。
これは、五行の「土」に相当します。
万物を分け隔てなく、「育む」。
でも、「土」は強い二面性を持っていてね。
「育む」けど、「腐らせる」。
腐らせた養分がね。
新たな生命の糧となります。
だから、創造の神であると同時にね。
破壊の神でもあるわけです。
変化し続けるこの世ではね。
終わらせないと、始まらない。
そこに「善」も「悪」もないんですよ。
けど、キリスト教が広まってからはね。
正しい教えは、ひとつ。
異教徒が崇める神は、邪神。
ヨーロッパは異文化との征服と奪還の歴史。
十字軍の遠征とか。
その苛酷な環境がね。
「白黒ハッキリさせる」
ことに拍車をかけます。
けど、日本人はね。
初詣には、神社にお参り。
お葬式には、お坊さん。
クリスマスやハロウィンもOK。
「節操がない」
なんて云われますけどね。
「多様で寛容」
なんですよ(笑)
曖昧ですね。
原子爆弾を落とされた相手とね。
すぐに同盟を結んで、友好国ですよ。
どこかの国ならね。
子孫末裔まで恨みを忘れるなって。
私は好きですね。
そういう日本が。
って、かんじでね。
古代の一時期まで。
諸文明の歴史的多様性を超えてね。
人類共通の思考が見受けられたんです。
その象徴が神話ですね。
著者は、その源泉をね。
「直観的思考」
と呼んでいます。
で、本作を語るにもうひとり。
欠かすことのできない西洋人がいます。
カール・グスタフ・ユング。
チョー有名なスイスの心理学者ですね。
著者は、ユング研究の本も何冊か。
なぜ、ユングを?
それは、ユングがね。
「易こそ、中国人独自の科学である。」
と、晩年を『易経』研究に費やしたから。
当時の西洋の研究者はね。
気やら、陰陽やら、五行やらって。
中国とは、非科学的な迷信を奉る国であると。
ユングが世界的に名を成したのもね。
この異質な対極を融合しようとしたからでは?
「中庸」ですね。
それを受け容れられる多様性。
ってかんじですね(笑)
ユングと云えば、
「集合的無意識」
ですよね。
ユングは、夢にそれが投影されると。
そこにフロイトとの相違点が。
「無意識」に対してね。
・フロイト...過去の経験の蓄積
・ユング...それに加え、未来について直観的に知る機能が潜在
易もね。
象徴なんですよ。
この世のすべての。
で、無意識にアクセスして占っちゃうとね。
「未来について直観的に知る機能」が働いてね。
いろいろ当たると。
そこがユングのハートをくすぐっちゃたんでしょうね。
もうひとつ、ユングと云えば、
「共時性」
いわゆる「シンクロニシティ」、「シンクロ」ですよね。
AとBが感応し合って、「同時」に「同調」作用を起こす現象。
AとBは、物理的距離を超越します。
つまり、離れていても起こる。
中国に観る東洋的思考をね。
「共時性」
だと。
何がシンクロしているかと云うとね。
「心理=生理=物理」
言い換えれば、
「精神=生命=物質」
ですね。
五行論では、
・木=肝=怒
・火=心=喜
・土=脾=思
・金=肺=悲
・水=腎=恐
ってかんじでね。
感情と臓器の働き。
つまり、心理と生理。
怒ってばかりいると、肝を傷めるとかね。
で、逆もありき。
肝を傷めると、怒りやすくなる。
「肝」と「怒」はね。
同時に同調しているんです。
先に、どちらかが原因となって、結果がある。
のではないってこと。
また、月の満ち欠けと海水の干満。
これらと人体の気の流れ。
女性の月経周期とかね。
つまり、生理と物理。
これらの共時的相関関係。
『黄帝内経(こうていだいけい)』霊枢編に記述が。
2世紀に著された本。
西洋でこの現象に注目されたのは、ルネサンス。
14世紀以降ですよ。
どっちが優れているとかじゃなくてね。
視点が違うんですよ。
「共時性」に対比されるのは?
何だと思われます?
過去から未来の時間軸の中でね。
まず、原因があってね。
その後に結果がくる。
「因果性」
と云います。
科学って、因果の世界。
私たちも普段そうですよね。
紀元前2世紀から4世紀にかけて。
キリスト教では、神による「無からの創造」が教義として成立。
この世の始まりですね。
「始まり」があるなら、「終わり」がないと。
「終末論(アルマゲドン)」が時を同じくして。
過去から未来へ向かう一本の矢。
それが「時間」。
陰陽論でのこの世の始まりはね。
ただ、太極が動いた混沌の中から生まれたと。
それが「いつ」始まったとか、
「いつ」終わるとかね。
具体的に書かれていないんですよ。
「時間」さえもね。
主体的なんです。
暇な時は、長く感じる。
楽しい時は、短い。
主体的時間。
西洋は、客観的時間。
24時間の長さは、すべてにおいて等しい。
「身体」にしてもね。
環境とは、切り離されて考えられています。
もちろん、衛生学などではね。
身体と環境は、影響し合うと。
でも、まず「身体」を完結したひとつの「閉鎖系」ととらえます。
構造やメカニズムを分析。
その後、環境との関係を考える。
しかし、「気」の世界ではね。
身体は経穴(ツボ)を通じてね。
常に「気」が体外に流出・流入。
「開放系」ですね。
自然と切り離して考えられないんですよ。
「気」ってね。
ひとりの身体にある生命エネルギーじゃないですよ。
宇宙全般に満ちている生命エネルギー。
だから、石や金属も生きています。
すべてに神が宿るわけですね。
その大きな生命エネルギーの流れの中にね。
人間も身を置いているだけ。
独立していないんです。
近代的な思考は、世界を客観的対象として観察します。
例えば、西洋医学ではね。
まず、「病名」をつけますよね。
それから、病状を生みだした原因を明らかに。
それを除去する方法を実践する。
いわば「攻撃型」の治療。
東洋医学ではね。
診断もしますが、あくまで治療のため。
だから、「同病異治」や「異病同治」が成り立ちます。
病因を直接除去するのではなくてね。
生体の気のアンバランスを調和させます。
自然治癒力を活性化させてね。
自然に健康が回復されると。
いわば「調和型」の治療。
その時、心理と生理を結び付けているのがね。
「経絡」であると。
もちろん、共時的にね。
この場合の心理とはね。
アタマで考えた「思考」ではなくね。
無意識的な情動のこと。
著者は、経絡をね。
「無意識的準身体システム」
と。
経絡をどうとらえるかでね。
施術時の意識も変わります。
経絡を客観視しないってことですよ。
例え、相手のカラダにある経絡だとしてもね。
それは、施術者の心理と共時的相関関係にあるってこと。
明確な境界線はありません。
施術者の意識の持ち方ひとつでね。
相手の経絡の気の流れも変化する。
もちろん、手技でも変化するしね。
部屋の雰囲気、香り、音楽。
その時の気候。
すべてが共時的に影響し合います。
「開放系」ですからね。
アロマセラピー、カラーセラピー、音楽療法。
ホメオパシーもそうでしょうね。
施術は、そのままでいいですからね。
そのベースとなる思想哲学でね。
東洋的思想が相性イイかも。
発展的に統合されてくださいね。
「東洋医学はわかりにくい。」
「非科学的でこじつけ。」
それはね。
西洋の視点で観るから。
東洋で生まれたモノはね。
東洋の視点で観てください。
その道しるべとしてね。
この本は、かなりのオススメ。
ちょっとおカタイいけど。
岩波ですから(笑)
さて、「共時性」「因果性」と来ましたね。
最近、2つを対比されるとね。
3つめを考える習慣が(笑)
過去記事 でも書きましたね。
これを「第三の場」になぞらえて、
「スタバ的発想」
と名付けましょう(笑)
ってことで、それは明晩。
今宵は、このあたりで。