今回の一泊旅行の目的はハッキリしていました。
山形県東根市で行われる「オペラ『這い上がり』by 古市佳央・Akira・大輔」を見るためでした。
実はこのオペラを見るのは3回目。
だから、どちらかといえばAkiraさんや古市さん、そこで出会った仲間たちに会いに行くのが目的でした。
一度きりしか会っていないけど、懐かしい仲間。
マメじゃないから、せっかく繋がっていたSNSなどからは疎遠になっていたけど、(だからそれなりに会うまでキンチョー)
「やぁ、やさいちゃん」という隔たりの無い再会は嬉しかったです。
特にAkiraさんや古市さんは日本中(世界中)絶え間なく活動して、おびただしい数の人々に会っているので、
ふつうに「おっ、やさい」と覚えててもらってるだけでも嬉しくなります。
やっと全く緊張しないで話ができるようになりました。
今回は初めてスタッフもやらせてもらいました。
到着して早々にしたことは、ビジュアルムードはバッチリだけど、何かの会場になるのは初めての酒蔵・・・
・・・のカビ臭ぷんぷんの掃除をしたことでしたー(笑)
しかしそのおかげで、リハーサルも見られたり、内輪気分も味わえたりで全然満足度が違いました。
主催のマサミくんに感謝です。
(※いつもブログでは固有名詞は出さないですが、Akiraさんや古市さんのブログで名前も写真もバンバン登場している人々なので、今回はオープンに^^)
オペラ『這い上がり』については、とても二言三言では説明できません。
古市さんが16歳の時にバイク事故を起こし、重度熱傷41パーセントという
生死をさまよう大やけどを負ったこと
それまでの華やかな青春から一転した地獄のような日々
そこから這い上がり「事故前よりも今の方が断然幸せ」と言い切れるようになるまでの様子が、
Akiraさんの魂を震わす熱唱とともに、熱く、せつなく、時にはユーモラスに語られます。
テーマの重さからつい想像してしまうジメッとしたものではなく、
軽やかなだけに、よけい古市さんが今の心境に至れたまでの壮絶な過程を想像してしまいます。
ただ古市さんがあまりにも明るくマイルドなので、その先のその奥のオペラでは語り尽くせない苦しみまでは
目を向け切れなかった・・・
オペラは壮絶な人生の氷山の一角、自伝の内容も氷山の一角・・・
でもその自伝を昨夜初めて読ませてもらいました。(『君の力になりたい』古市佳央)
とても涙無しでは読めませんでした。
今まで読まなくてすみませんでしたという気持でいっぱいになりました。
いつもAkiraさんが言っているように、「そのような苛酷な体験は、魂の勇者として選ばれたから。
高いハードルを越えられる素養を持っていたから」と本気で思ってしまいます。
そのAkiraさんも大変な経験をしてきているので、言葉の重みが違います。
その風貌といい、会った時や別れ際についソフトなハグをしてしまうことといい、
みんなで集まってると一見新興宗教団体か?
と思われてしまいそうですが違います~!
Akiraさんも自らの歌の中で「僕の後を来るな、僕は導かない」「僕の前を行くな僕は従わない」
「僕とともに歩め 同じ大地踏みしめ」と言っているように、人を導くつもりは一切ないでしょうが、
話を聞いていると、つい精神的な迷いが吹っきれて明るくなるような、導きを感じてしまうのです。
打ち上げのお店で あやしい写真も一枚くらい欲しいなと思って・・・
50年物のお酒を振る舞うマスターのヤスさん でも全然あやしく見えないところが(笑)(涙?)
インドに行ってワイルドになったケンヂくんと
上のマスター、ヤスさんもつくづくスゴイ人です。
震災の影響で自分の店の経営も悲惨な状況に追い込まれていたにもかかわらず、
被災地の人々に少しでも希望をと、身銭を切っての大規模な炊き出し数回。
一部の周りから避難を浴びながらも(快く思わない人々もいるのです)意志を貫いているのは、
「自分が飲食にたずさわる仕事をしていながら、食で本当に困っている人々を助けられないのは
無念すぎる」
という動機だったことには胸を打たれます。
そんなマスターの営む店だけあって、安い予算とぜんぜん見合わない大盤振る舞いです。
出てくるお酒もすごかった。
「もうそれ以上封を切らないで~。もったいない」というほど出てきます。
ヤスさんがその日のライブに大感動したおかげで、わたしなんかまで恩恵にあずかれて申し訳ないようでした。
ただ、15人が一つグラスで回し飲みしたり、
ハーゲンダッツに上級のお酒をかけたのを、やはり一つのスプーンで分け合ったのには笑えました。
わたしなんて最下流に居たから・・・みんなのエキスが(^_^;)・・・
打ち上げで主に話をしたのは、佐藤さんでした。
佐藤さんは、古市さんと闘病時代からの大親友で、古市さん以上ともいわれる重度のやけどを
勤務中に負いました。
前回会った時は、内気な雰囲気だった佐藤さんが、優しいお人柄はそのままに、
今回は弾けるような明るい雰囲気だったのが印象的でした。
Akiraさんとの行動が増えたせいだと、古市さんは言います。
オペラでも、ラストで佐藤さんの語りが加わりました。
回を重ねるごとにバージョンアップしているという『這い上がり』ですが、
佐藤さんの語りが加わったことで、実際ますます感動的になりました。
Akiraさん、古市さん、佐藤さんたちも何度も被災地入りをして、独自のボランティアルートを切り開いています。
国やマスコミのリストから漏れてしまった小さな避難所です。
単発で終わらせたくないので、被災地では友情関係まで築いてくるのを基本にしていると古市さんは言います。
どんなに温かく迎えられ打ち解けても、安易に「また来ます」という言葉は使わないと決めているそうです。
「また来ます」と言った場合は、なるべく時を置かず、すぐに行くようにしているそうです。
「実はわたし、まだ一度も被災地に行っていないんです」
と佐藤さんに話しました。そのことがずっと胸に引っかかっていたものの、
単独で行動を起こすには勇気とパワーが足りなかったし、
どこかに便乗させてもらうには、身近にそういうグループを知らなかったのです。
佐藤さんは言いました。
「そういうのは、その人その人時期があるから。焦らなくても、その時期が来たと思ったら行けばいいし」
と言ってくださり、気持が楽になりました。
ただ、テレビ映像で見るのと実際その地に立つのでは、ぜんぜん違うから・・・同じ時代にそういう出来事が起こったのを自分の目で見ておくことは意味があるよと言われ、まったくその通りだなあと思いました。
少なくとも、今回身近にルートが出来たので、だいぶ胸のつっかえが取れました。
打ち上げは明け方3時半過ぎまで続きました。
ホテルに帰ってお風呂に入ったら4時半を回っていました。
でも翌朝は子供たちにモーニングコール。
まだちゃんと家庭の存在は忘れていませんでした(笑)。この瞬間までは忘れていたけれど~。
2日目の日程はシンプルでした。
11時にゆうゆうチェックアウト(それまではウダウダしたり、モーニングサービスでパンを4個も食べたり)。
その後マサミくんの実家に泊まった前日のメンバーと合流して、
名物ラーメンを食べに連れて行ってもらいました。
とっても自由人みたいに見える人々も、忙しいスケジュールの合間を縫ってのイベント参加です。
だから一部の人たちは仕事のために始発で帰りました。(一睡もできていないはずです)
ラーメンまで一緒だったメンバー(Akiraさんを含む)も、古着屋さんで遊んだ後は次の予定のために帰ってしまいました。
それでも、今回新たな知り合いがまた出来て嬉しかったです。
最後に残った主催のマサミくんと彼女マミさんが、大滝に連れていってくれました。
同じ日の夜には東京に帰らなくてはいけないのに、しょっちゅう見ているはずなのに
「滝が見たくなっちゃった」「イオンを浴びたいんだよ」と、
わたしの高速バスの時間つぶしに付き合ってくれたマサミくんの温かさにホッとしつつ、
それが山形旅行の締めくくりになりました。
夕方の新潟行き高速バスの時間まで時間つぶしをすることになるとは、
当初の「気が変わるかもしれないから片道切符で」の意気込みとはだいぶ違いますが、
寝不足で体力も限界!おとなしく帰らざるをえませんでした。
でもやはり濃~い精神旅行になったことには満足感でいっぱいです。
旅先の開放感で、丸顔童顔も公開(後悔?)ナンテ











