【成都武侯祀4】蜀都なのに領民の武侯祀建立申請却下!? | 孔明先生愛☆彡限界炸裂

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諸葛丞相ファンクラブ会長@玄子です。

前回は 孔明先生が昭烈廟にいないわけ

をご紹介しました↑リンクしています。

そして今回からお伝えするのは

★なぜ武侯祀があるのか!?

孔明先生を祀っているから
武侯祀なのですが

孔明先生は

「墓に供物は不要!」と

死してもなお定軍山の麓で

蜀を護り続けることを遺言。




↑定軍山の麓にある武侯墓↑今も健在♪

なので当然、劉禅さんを始めとする
蜀の忠臣は祠を
建てることはありませんでした。

でも、孔明先生の偉大さを
生活の一部のように実感していた
成都の領民たちは

せめてヽ(`Д´)ノ諸葛丞相の祠くらい建ててよ!

朝廷が武侯祀を建ててくれることを
願いましたが

蜀漢王朝の都である成都に

武侯祀を建てると

色々と大人の事情で大変なんです。


劉家を差し置いて、とか
蔑ろにしてとか

孔明先生の忠義に

反する情況になったら

それこそ孔明先生が浮かばれない


ので、蜀漢王朝としては
武侯祀の建立許可を出しませんでした。

が!領民の心は収まりません。

そこで領民たちが取った行動とは!?


キンモクセイの花今回のポイントキンモクセイの花

蜀漢王朝は当初
武侯祀を建立する気は
ございませんでした。

にも関わらず
武侯祀が建てられた理由とは!?


次回へ続きまする→→→

*浪漫派三國志を提唱しているので
解釈は思いっきり熱く生きよう三國志です!
予めご理解下されm(_ _)m 玄子