救急車で運ばれた父が
病院に入院して今は2日目の夜
(というか、もう明け方)
母は病院に泊まっており、
私は息子と2人で
実家で過ごしています。
今の心情を書き残さないと
きっと忘れてしまうから
文章にまとまりはありませんが、
今の父の状態や私の心の動きを
記録しておこうと思います。
(分かりにくかったらごめんなさい)
*センシティブな内容を含みますので
今の気分的に読みたくない方は
ここでUターンして下さいね
今の父の容態について
腹部の大動脈破裂による圧迫で
痛みがあるものの積極的な治療(手術)は
行わないことを選択したため
入院時に鎮痛剤を、入院1日目の夜
からは鎮痛剤では抑えられない痛みを
緩和すべく(手術の際に用いる
麻酔薬のような)鎮静剤を
量を調整しながら投与していて
痛みを訴えることがすくなくなった代わりに
徐々に眠ったようになる時間が増え、
意識のある時間が減ってきました。
(意志疎通はかろうじて出来る時もあり)
夜になってから熱が出てきたようで、
いつどうなってもおかしくない状況です。
面会時間について
父との面会は一回あたり
30分まで可能。本来なら一日に
何度も病室を訪れたいところですが、
0歳児の息子が入室不可のため
午前中と、息子のお昼寝が終わって
ご機嫌なタイミング(夕方あたり)の
計2回/日、息子を母に預けて
父の様子を見に行っています。
父とのやり取り&
家族の動きについて
《入院1日目》
父と意志疎通が出来ました。
「お父さん」という私の呼びかけ
にもきちんと応じてくれたし
もうしんどいわ。無理ー
もういいわ
世話になったな
達者でな
(これからは)カワウソ君の時代だ
さっさと(鎮静剤)打って
それにしても(準備が)遅いな(笑)
などなど、しんどいはずながらも
冗談めかして途切れ途切れ
話をしてくれていて
お母さんが
「再婚はしないから安心してね」
的なことを話しても
まだまだいける
的な謎の返しをしてきたりして
しんどそうな中でも
普段の父らしさは健在で、
そんな姿に少しホッとした
部分がありました。
今回、朝に知らせを受けて
私は大阪から、妹は東京から
飛行機でそれぞれ駆けつけて
夕方には家族全員が
揃った形になりますが
まだ父に意識がある状態で
久々に家族4人で色々話ができて
家族4人が揃うのは実に3〜4年ぶり
父に今まで育ててくれた感謝の
気持ちをしっかりと伝えることができ、
本当に良かった。
その後、19時頃に
鎮静剤を投与することについて
父を含めた家族全員の同意を取り
投与を開始。
母と妹は病院に泊まり
(妹は病院内の別室に宿泊)
私は息子と実家に戻ったのですが
その夜は鎮静剤が上手く効かず
父は嘔吐や下痢を繰り返した様子。
《入院2日目(今日)》
父の対応で睡眠不足の母に代わり
妹が朝〜18時頃まで父の付き添い。
妹はその後一旦東京に戻り、
18時以降は母が付き添い&宿泊。
鎮静剤の量を調整したため
父のしんどさは緩和されたようですが
代わりに意識がない時間が長くなり、
私がお昼と夕方に病室を訪れても
ずっと寝ているような状態でした。
父の肌艶は悪くはないものの
少し衰弱したように感じ
それがショックではありましたが
父の苦しみが少しでも緩和されたのなら
それが一番だと感じました。
私が病室にいる間、
手を握りながら
お父さん、花凛が来たよ。
聞こえる?
お母さんも後で来るよ。
カワウソ君は元気だから
心配いらないからね。
などなど
反応が期待出来ないのは
分かっていながらも、
色々話かけていたところ
思いがけず「花凛か‥」
と反応があった時があり
その瞬間、それまで抑えていた
気持ちが解放されたのか
堰を切ったように涙が溢れてきて
寂しいよ
もっと話したかったよ
カワウソ君のこと見て欲しかったよ
など、父に話しかける自分がいました。
父もそんなこと言われても困るだろうに
母と妹の様子
こうなることをある程度覚悟していたのか
今のところは結構落ち着いています。
私の心情の変化
この2日間でめちゃめちゃ泣きました。
多分家族の中で一番泣いてた
もっと冷静に対応できると思っていたし、
実際あまり取り乱してはいませんが、
父と話したり父の寝ている姿を見ていると
これまでのことが思い返されて
自然と涙が出てくるといいますか‥
あとは、父と母の絆が
思っていた以上に深かったんだな
と感じさせられるような場面が
いくつもあり、それにも
涙腺を刺激されました。
子供も知らない父と母の間でしか
分からないことって本当に
たくさんあるんでしょうね、きっと。
でも泣くことでスッキリするし、
気持ちが落ち着いてきて、少しずつですが
「父がいなくなること、父亡き後の世界」
を受け入れられる自分に
なってきている気がします。
意志疎通が出来なくなってきているのも
最初は辛く受け入れ難かったけど
今は父がただそこに存在して
寝息を立てていること、
触れられる距離にいることが
とんでもなくありがたく
尊いことだと感じています。
‥とはいっても、
これからそう遠くない未来に
父と最後のお別れの時を迎えて
話かけることも、触ることも
出来なくなった時の喪失感は
なんとも形容しがたいものが
あるとは思いますが。
でも、私が以前に想像していたような
親を失うことに対する「不安」
弱った親を目の当たりにする「恐れ」
といったマイナス寄りの気持ちは
意外にそこまでなく
今はとにかく父の側にいたくて、
父を一番いい形で送り出してあげたい
そんな気持ちの方が強いです。
死に近づいていく親を見るのは
絶対に怖いし目を背けたくなる。
だから、弱って小さくなっている
親と面会するのはさぞ辛いだろう
と思っていたのにね‥
これが長期間に渡る介護生活の後の話だと、
また感じ方が変わってくるかもしれませんが
本音を言うと、
父にはもっと生きて楽しく過ごして、
一緒に息子の成長を見守って欲しかった。
そのために、もっと早い段階で
手術するという選択をして欲しかった。
でも、父にとっては
今回緊急入院する寸前まで
大好きな家で
好きなものを好きなだけ食べ、
趣味に没頭し、孫や娘と
毎日のように通話をし、
妻(私の母)と時に喧嘩しつつも
仲良く過ごすことができたことが
一番の幸せだったのかな、とも思います。
まだ父は生きているのに、
父亡き後の家族葬の段取りや喪服の準備、
財産分与や母の生活のことなど、
現実的に考えなくてはいけないこと
心配になることがチラチラ頭に浮かびますが‥
今はとにかく、父の側で
最後まで父を見守り続けることを
大切に過ごしていきたいです。
脈略なく書いてしまいましたが
長文にお付き合いいただき
ありがとうございました。