先日、11日のNHKスペシャルは
『認知症の第一人者が認知症になった』という題名で、
父も受けた、長谷川式スケールという認知症テストの発案者である
長谷川和夫先生が自ら認知症になられ、
一昨年から去年にかけての様子が放送されていた。
その中で、先生が
「確かなのか不確かなのかがはっきり分からない」
というような内容を話しておられたが、
それを父に当てはめれば、まさに重なる。と思った。
記憶が出てきたり、消えたり、何かを伝えたいのだろうが、
ここのところは父から話しかけられても、主語が出てこないので、
一生懸命、こちらが想像して言葉に出してみるものの、
それが父の思っていたことと違うとイライラされる。
すぐにイライラされて、イライラし返していたけれど、
それでも何かを伝えたいのだろうし、そういうことだったのかと分かると、
少し自分の気持ちに余裕が出来る気がした。
そして、先生自ら現役時代は、ご家族の休憩のためにも
認知症の患者さんはデイサービスやショートステイに
行って頂く時間を作りましょう。
と、言っておられたが、いざ自らが行かれると、
話す相手もいない。自分の家じゃない。だから面白くない。
家に帰りたい。と、おっしゃっていた。
まぁ男の人だし、見ず知らずの誰とでも
ぺちゃくちゃ、おしゃべりしないよね。
まさにうちも同じだな。と、思いつつ、
でもやっぱりずっとずっと続けての介護はしんどい。
ちょっと離れることで、少し一息入れられ、
仕切り直しの気持ちが自分自身にも出来るので、
さぁ、また頑張ろう。と思える。
そういう頑張ろうという気持ち。
そういう反面、
なんで一人っ子じゃない私が全て一人で引き受けさせられてるんや?
という気持ち。
いやいや、自分がやらなあかんと思ってるからやるんでしょ?
という気持ち。
昔なんてショートステイもデイサービスも無いから、お嫁さんや娘さんが
休憩も無く全部しょってはったはず。まだまだ自分は甘い。という気持ち。
やってもやっても父は下の弟のほうが可愛い発言を繰り返して萎える気持ち。
挙句の果てに下の弟の名前で呼ばれて余計に萎えた気持ち。
もうあっちこっちに気持ちが振られるから、
自分でもだんだん振られてるんか、自ら自分の気持ちを振ってるんか
分からんようになってきて、ときどき自分に「どうどうどう」と気持ちを鎮める
言葉をかけるようになってきた。
それでちょっと、振れ幅が狭くなってきた気がする。
「どうどうどう」魔法の言葉ww 馬か?私は・・。
けどお父さんも大変やろね。自分の思いと違うことさせられてるしね。
お父さんも、もうちょっと頑張って。