子供を産むということ。 | 流麗 岡村由香子公式ブログ

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心理カウンセラー、ビジネスコンサルタント。
カウンセリングは自身の経験を活かし、主に不登校・登校拒否のお子さんとその保護者の方々への支援を。個人・法人経営者の経営相談も。
地域社会に貢献すべく、民生委員・児童委員、地域ボランティアとしても複数団体で活動中。

「帝王切開は甘えなの?」
これ、私も悩んだ。
ちゃんとお産して産んであげてないと思い込んで、苦しい思いをするんだよね。
私の場合、小柄で骨盤狭かったから、息子の頭が通らなくて切ったんだけど。
12月末が初産の予定日で、10月から海外へ単身赴任になった相方。
どうやっても2月にしか帰れない。
ついて行って向こうで産む!って言ったけど、周り全部から大反対されて、泣く泣く実家近くの産院で産むことにして。
今となったら、そのお陰で助かったんだけど。
はじめてのお産に相方がいないってだけで凄く心細くて、
それなのに、予定日一週間前の検診で、急にレントゲン撮るとか言われて、
赤ちゃん降りてきてない、骨盤が狭いのかも…と。
その場で、あれよあれよと予定帝王切開が決まって。
私の意思なんて、どこにもなかった。
それから一週間、泣いて暮らした。
普通に生んであげられなくてごめんね、
悪いお母さんでごめんね、って、
お腹を抱えて、寝られない夜。
でも、相方とのチャット、実家の家族、相方の両親の前では、全然平気なふりして。
ただでさえ心配かけてるから。
陣痛怖いからいいや、とか言ったりして。
入院したその夜から、絶食で。
水も飲めずにベッドで泣いて。
あの時、忙しかったろうに、夜勤の助産師さんが一時間くらい、手を握って話を聞いてくれた。
手術を担当してくれた先生も、
どうしても嫌だと思ったら、麻酔かかっててもイヤだって言いなよ、そこからでも止められるからね、って、言いにきてくれた。
初めてのお産は、全然「私のもの」にならないまま、勝手に始まって、終わった。
視力がよくない私は、生まれてすぐに見せてもらった息子がちゃんと見えなくて、あっと言う間に連れていかれた息子と離れたくなくて、泣いた。
だって、1人になったっていう孤独感、ハンパなかったもの。
そばにいた看護師さんに、見えなかった、と つぶやいたら、
手術室から出る頃、手に小さい紙を握らせてくれた。
部屋に運ばれながら必死で見たそれは、生まれたばかりの息子が写った、ポラロイド写真だった。
後で聞いたら、退院記念で撮る用のカメラを、急いで消毒バッグに入れて、持ってきてくれたそうだ。
産後。
意外と、普通分娩したママ友たちにも、
麻酔するから痛くないんでしょ、とか言われた。
いや、切腹してるから!(笑)
麻酔切れたあとは地獄だから!(笑)
お腹から取り出される時の、あのなんとも言えない気持ち悪さも!
笑ってネタにしたけど、みんな帰った後に、息子を抱いて泣いた。
普通分娩は、産んだらすぐ体は回復していくけど、帝王切開はお腹開いて縫った傷かかえながら、赤ちゃん抱いて授乳、オムツ替えが始まる。
普通、開腹手術したらしばらく安静、がんばってトイレ行きましょう、くらいだけど、
帝王切開のあとは、赤ちゃんお世話するのは自分だから、泣き言言ってられない。
主人が単身赴任中でいない間にひとりで出産になって、さらに帝王切開になって、義両親も両親も、義姉も弟も、親しい友人たちも、みんな大げさなくらい可哀想がって、気遣ってくれた。
私って、恵まれてるなあ。
そして、同じことで苦しんでる人がいたら、言ってあげたい。
帝王切開だって、立派なお産だよ。
しっかり、まさに「お腹を痛めて」産んでるよ。
いま、生まれてきた、可愛い子供がいてくれることを喜ぼうね、って。
聴き屋さんしてると、同じ経験して、でも周りに分かってもらえなくて苦しんでるお母さん、たくさんいます。
その時は、聴き屋の時間をきっちり聞かせてもらったあと、いち経験者として、個人的に感じていたこと、あなただけじゃないんだよ、とお伝えしています。
帰られる時、ありがとう、と言ってくださるその笑顔が、
顔を合わせた時とは全く違って、
明るく花開いたようになっているのを見るといつも、
私の経験も、悪くなかったなあ、と思うのです。
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