また12月1日がやってきました。
長女がこの世を去ってから
5年が経ったということです。
今日は、実は手放したいこともあり、
皆さんに私の気持ちを聞いてほしくて
書いています。
私が今手放したいのは、
「我が子を亡くした母親はこうあるべき」
という思い込みです。
重度の脳性麻痺という重い障害を持って
生まれた長女。
子育てというより介護といった方が
しっくりくるような毎日は
正直とても大変でした。
でも、大変ではあったけど私は幸せで、
たとえ重い障害があって色々と不自由だったとしても
長女にもたくさんの経験をさせてあげたかったし
ずっと一緒に生きていきたかった。
ですが、
2013年12月1日に突然亡くなってしまいました。
6歳になったばかりでした。
長女が亡くなったという事実は
本当に辛くて苦しくて、
たくさんたくさん泣きました。
長女の双子の妹も死産で亡くしていた私は、
なんで私にばかりこんな悲しいことが
おこるんだろう…と感じ、
正直、もう生きていたくないと
思っていた時期もあります。
まだ小さい子どももいたので
なんとか気持ちを保ってはいましたが、
本当にしんどかった。
でも、家族をはじめ
いろんな人が心配してくれて
声をかけてくれて支えてくれて、
涙を流す時間は少しずつ減っていきました。
上がったと思ったらまた落ちたりもしながら
日々を過ごしていく中で、
私の中で徐々に溢れ出てくる想いがありました。
それが、
私と同じような立場で日々がんばっている
障害児ママを、私にできる方法で支えたい
という気持ちでした。
そこから私は、アロマの勉強を始め、
起業に向けて動き始めていきます。
そこからは、ただただ一生懸命でした。
一番下の子も生まれて子育ても忙しい中でしたが、
アロマの勉強は楽しかったし、
それによって今がんばっている障害児ママの
役に立てることを想像するだけで嬉しくて。
それに、一生懸命動くことで
長女を亡くした悲しい気持ちを
紛らわせていたのも事実です。
アロマ、日本産アロマの講師として
活動をし始めてからも、
それによって喜んでくれる人がいることが
嬉しかったし、
同じように起業して頑張っている人と
関わっていくことも楽しくて。
ただ、この頃から私の中で
引っかかっていた気持ちがあります。
それが
記事のはじめにも書いた
「我が子を亡くした母親はこうあるべき」
という思い込みでした。
「我が子を亡くした母親はこうあるべき」
という私の思い込み。
それは、
・何年経っても立ち直れないほど落ち込んでいるものだ
・可哀そうな母親でいなきゃいけない
というもの。
だから、
自分の子どもを亡くしてまだ短いのに
起業するために勉強する私、
起業した私、
美味しいものを食べている私、
楽しんでいる私、
笑っている私…、
そんな自分に対して、
「自分の子どもを亡くしたのに…」
「亡くしてまだそんなに経ってないのに…」
「愛情が足りなかったんじゃないの?」
と、誰かに言われているような気がしていました。
冷たい人だと思われるような気がしていました。
冷たい人だと思われたくなくて、
敢えて引きずっていたんじゃないかと
今は思います。
この5年間、毎月の月命日の法要を
やめられなかったのも、
たぶんこのせいです。
我が子を亡くしたという事実は
本当に悲しいことです。
だけど、我が子を亡くした母親が
その事実を受け入れて
笑えるようになるまでの期間に
長いも短いもないし、
そこから何か行動をすること、
そして、毎日笑って過ごすこと、
幸せになることに
なんら制限するものなどないはず。
私は長女に対して愛情いっぱいで育てたし、
亡くなった今でも愛しているし、
悲しい事実を受け入れたことも
日々を大切に笑顔で過ごすことも
これから先もっともっと幸せになることも
それでいいんだ!
ってやっと心から思えた気がします。
クールな人だとよく言われました。
冷たいともよく言われました。
これは家族からも言われました。
でも、私の中には熱い想いも
強く深い愛情もたしかにある。
それでいい♡
だから私は、
5年が経った今日かぎりで
悲しい気持ちで長女のことを思い出すのをやめます。
敢えて悲しい気持ちになろうとするのをやめます。
月命日の法要も終わりにしてもらいました。
長女との思い出や
長女から学んだこと、知ったことを大切にして、
自分の人生を幸せに生きていきます。
ブログなどに書かないという意味ではありません。
長女のことを書くことは今後もあると思います。
でも、
私の悲しい気持ちを乗せるのではなく
誰かの役に立つように届けていきたいと
思っています。
今日はそんな宣言をしてみました。







