前回からのつづきです。


「問題解決するために自分が反省するのはわかりました。でも、相手が悪いときに自分が反省するというのは難しいです。」


難しいという本音は、『やりたくない』ということかと思います。


「いいえ、やりたいとは思っていますが、難しいんです。」


やりたいと思っていることは、問題解決のことではないですか?

しかし、相手が悪いのに、自分が反省することはやりたくないのでは?


「うーん、そうかもしれません。でも誰でもそうじゃないですか?」


相手が悪い、相手が間違っている、と考えるとき、同時に自分は悪くない、あるいは正しいと思っているはずです。

正しい自分は反省も改善もしなくていい。改善する必要がない、そのまま何もしなくていい。

間違っている相手が反省し改善すればいい。改善する必要がある、相手が変わるべきだ。


「そう思います。」


では、こういう状況ではどうでしょう?

例えば、あなたが家の鍵を閉めずに出かけました。そしたら空き巣に入られてました。

そのとき、「鍵を閉め忘れたからやられてしまった。鍵をちゃんと閉めればよかった。」というような反省はするんじゃないでしょうか。

「今後閉め忘れないようにしよう、気をつけよう」など今後どうすればいいかも考えると思います。

「悪いのは空き巣だ、私は何も変わらなくていい、そのまま何もしなくていい」とは思わずに、今後しっかり鍵を閉めようと思うでしょう。


「それはそうです。」


『悪いのは空き巣だから、あなたはそのままでいいですよ』って誰かに言われても、“そのままで何もしないことはやりたくない”はずです。

考え方の構造としては、全てこういう考え方なんです。

人のせいにするのはよくないからとか、人のせいにせずに自分が我慢するとか、人のせいにしないで耐えるのが立派とかではないんです。

誰かや何かのせいにし、そのまま自分は何もしないということは、また起こりえる不幸をただ待っていることになります。

それはしたくないということです。

今後同じようなことが起こらないように改善していくんです。

すべて自己責任として自分で解決しようと考えるんです。


「犯罪されても自己責任というなら、警察も法律もいらないことになります。被害にあってもすべて自分のせい、自己責任。それはやっぱりおかしいと思います。悪いものは悪いですから、悪い方をなんとかすべきです。」



つづきます。






メンタリストDaiGo

自分をどうすればコントロールできるかを考えた方が建設的じゃないかと、僕は思っちゃうんだよね。

自分をコントロールするほうが、他人をコントロールするより、有意義だし、成果が得られるから。




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