あけましておめでとうございます。

除夜の鐘(じょやのかね)の話から。
大晦日から新年にまたいで、108回鐘をつく。
人間は煩悩が108つあって、それを祓うためといわれます。
煩悩というのは、人の心を惑わせたり、悩ませ苦しめたりする心の働きのこと。
代表的な煩悩
1.欲望
2.怒り
3.執着
4.猜疑
仏教の考え方ですね。
仏教といえば、「因果の道理」があります。
「因果」とは、「原因」と「結果」です。
どんなことにも、必ず原因があり、原因なしに起きる結果は、万に一つ、億に一つも無いと教えられるのが仏教です。
「因果の道理」は仏教の根や幹に当たるといわれ、これがわからなければ、仏教はわからないといわれるほどのことです。
科学も同じですね。必ず原因と結果があるわけで、それがわかってるから、こういう結果を出すために、こういう原因をやればいいとわかる。再現性があるのが科学です。
「因果の道理」をふまえて、除夜の鐘を考えてみます。
鐘を突く(原因)→煩悩が祓える(結果)
こうなるはずですね。
しかし、これは因果関係はない。
そもそも、鐘を突くだけで、煩悩が祓えたら、ほかの教えは全部いらないですよね。
どうして、こういう矛盾したことをやってるかというと、釈迦の教えと、仏教の教えは別物だと考えるといいかと思います。
釈迦の教えは科学的な因果の道理が通った話。仏教は非科学的な因果の道理を無視した話が結構あります。
仏教でいい教えはたくさんありますが、因果を無視した話を調べてみると、やはり釈迦が亡くなったあとに作られたものなんです。
例えば、煩悩のひとつ「怒り」をどうすればいいかという釈迦の教えもあります。鐘突けば祓えますよって話じゃないです。
釈迦の教え、考え方というのは、現代の心理療法や、認知科学、脳科学からいっても、正しい考え方だとわかってます。
「怒り」という情動は、脳のどの部位の働きか?どうすればその情動を鎮められるか?怒りなど嫌な記憶を長期記憶にいれずに済むのか?そういうのは科学的にわかってることです。
それをおよそ2600年前に釈迦は知ってたんです。とんでもない天才なんです。
釈迦が現代に生まれてたら、天才科学者でしょうね。現代の科学者でも釈迦を尊敬してる方は多いです。
宗教と科学は対立するものだという人もいます。キリスト教は、例えば、ダーウィンの進化論が出てきたら、反論することになります。
キリスト教では、人間は猿から人間になったわけじゃなくて、神が人間は人間として、猿は猿として創造したとされてます。そういう科学と対立してしまう問題が出てきます。
しかし、仏教は科学を受け入れられる考え方だから、対立しないで済んできたという話もあります。
「仏教は科学である」と主張する人も多い。それに反論する人もいます。そこは釈迦の教えと仏教の教えを分けて考えましょうってこと。
釈迦の教えは科学です。釈迦が亡くなったあとに作られた、教えや行事は非科学的なものが多いです。
仏教といえば、お葬式にお経あげることがあります。これも釈迦の教えではない。
こんな話があります。釈迦がお弟子さんたちの前で、石を池に投げ入れました。
「この池の周りを、石よ浮かび上がれ、石よ浮かび上がれ、と言いながら回ったら、あの石が浮かんでくると思うか」
「お釈迦さま、そんなことで、石が浮かぶはずがありません」
亡くなった方のためにお経をあげても、亡くなった方が浮かばれるとか救われることはないですよって話です。
釈迦の教えは、生きてる人のための教えなんです。だから、亡くなった人のためにお経をあげるってのは、釈迦の教えとは違うことなんですね。
原因と結果で考えても道理がない話です。
お経あげる(原因)→死者が浮かばれる(結果)
因果関係がない。
では、お経をあげる目的はなにか?
そもそもお経とは何か?
釈迦の説法(教え)を、弟子たちが後世のために書き残したものです。
お経をあげるというのは、釈迦の教えの書かれた本を暗唱するようなものです。
だから、お経は意味がわらないで丸暗記して読んでてもまったく意味ないということですね。
お経あげるなら、お坊さんに意味を教えてもらうのがお勧めです。
釈迦の話は、いい考え方がいっぱいあります。
新年から話長いですよね(笑)
何の話をしようとしたっけかな?そうそう、除夜の鐘108つ突いても煩悩は祓えないよねって話を年末に、メンタリストDaiGoさんが話してたんです。
行事として除夜の鐘を聞きながら、みんなで年末年始過ごすのは、楽しくていいと思うので、そのこと自体を否定してるわけではないです。
ただ、それで煩悩は祓えないです。そこで、科学の出番ですよ。科学でなんとかできると思ってます。
そういう話を、今年も書いていきますよってことを書こうと思ったんです。
▼初詣行きました?おみくじ引きましたか?

おみくじなんてただの迷信だー!とはぶったぎりません。
非科学的なものを頭ごなしに否定するのは科学ではない。
例えば、こういう実験があります。
テストでお守りを持ってる場合と持ってない場合では、持ってる場合の方が点数がよかったという結果があります。
これは、お守り自体に効果がなくても、効果があると思っていることによって、自信につながったり、リラックスしてテストに臨めたりすることによって、実力が発揮しやすくなるという話です。
当然、実力以上の結果は出ません。
釈迦の教えで言えば、試験でいい点数取る(点数上げる)には、勉強をしっかりしましょうという当たり前の話があります。
勉強(原因)→点数あがる(結果)
因果の道理。
祈ったり願ってるだけで点数はあがりませんよってのが釈迦の教え。
×祈る(原因)→点数あがる(結果)
これは因果関係がないですから、こんなことは起こらないわけです。
どんなに祈ろうが願おうが、勉強した以上のものは出ない。
その勉強した分の実力を最大まで出すために、お守りを持ってるのは、科学的に効果があると言えます。
「大吉」のおみくじも、持ち歩いてると運がよくなります。
運がいいと思ってると、そういうことが認知しやすくなるからです。
これは認知科学の話ですが、我々はこの世界をありのまますべては認知してないんです。
できないんです。脳幹にあるRASというフィルターがあって、フィルターを通して重要なものだけ認知されるようになってるんです。
こんな実験があります。
喫茶店の店内の入り口のほうに、小銭落としておきます。
実験の対象者たちを、その喫茶店に入ってもらう。
その小銭に気づく人と気づかない人がいます。
気づく人たちは、「あなたは運がいいですか?」という事前アンケートで、「運がいい」と答えた人たちが多かった。
身のまわりで起きてる客観的事実(出来事)は同じでも、自分の考え方によって、「いいことがたくさんある人」「悪いことがたくさんある人」はいるんです。
自分の考え方次第で、自分の世界は創られていくんですね
「チャンス」もそうですが、チャンスが来るかどうかよりも、それに気づくかどうかの方が重要です。
気づけるようになるためには、どういう考え方で、どういう脳の状態が望ましいのか?という話になります。
って話は終わらなくなるので、また、ぼちぼち書いていきます。
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除夜の鐘(じょやのかね)の話から。
大晦日から新年にまたいで、108回鐘をつく。
人間は煩悩が108つあって、それを祓うためといわれます。
煩悩というのは、人の心を惑わせたり、悩ませ苦しめたりする心の働きのこと。
代表的な煩悩
1.欲望
2.怒り
3.執着
4.猜疑
仏教の考え方ですね。
仏教といえば、「因果の道理」があります。
「因果」とは、「原因」と「結果」です。
どんなことにも、必ず原因があり、原因なしに起きる結果は、万に一つ、億に一つも無いと教えられるのが仏教です。
「因果の道理」は仏教の根や幹に当たるといわれ、これがわからなければ、仏教はわからないといわれるほどのことです。
科学も同じですね。必ず原因と結果があるわけで、それがわかってるから、こういう結果を出すために、こういう原因をやればいいとわかる。再現性があるのが科学です。
「因果の道理」をふまえて、除夜の鐘を考えてみます。
鐘を突く(原因)→煩悩が祓える(結果)
こうなるはずですね。
しかし、これは因果関係はない。
そもそも、鐘を突くだけで、煩悩が祓えたら、ほかの教えは全部いらないですよね。
どうして、こういう矛盾したことをやってるかというと、釈迦の教えと、仏教の教えは別物だと考えるといいかと思います。
釈迦の教えは科学的な因果の道理が通った話。仏教は非科学的な因果の道理を無視した話が結構あります。
仏教でいい教えはたくさんありますが、因果を無視した話を調べてみると、やはり釈迦が亡くなったあとに作られたものなんです。
例えば、煩悩のひとつ「怒り」をどうすればいいかという釈迦の教えもあります。鐘突けば祓えますよって話じゃないです。
釈迦の教え、考え方というのは、現代の心理療法や、認知科学、脳科学からいっても、正しい考え方だとわかってます。
「怒り」という情動は、脳のどの部位の働きか?どうすればその情動を鎮められるか?怒りなど嫌な記憶を長期記憶にいれずに済むのか?そういうのは科学的にわかってることです。
それをおよそ2600年前に釈迦は知ってたんです。とんでもない天才なんです。
釈迦が現代に生まれてたら、天才科学者でしょうね。現代の科学者でも釈迦を尊敬してる方は多いです。
宗教と科学は対立するものだという人もいます。キリスト教は、例えば、ダーウィンの進化論が出てきたら、反論することになります。
キリスト教では、人間は猿から人間になったわけじゃなくて、神が人間は人間として、猿は猿として創造したとされてます。そういう科学と対立してしまう問題が出てきます。
しかし、仏教は科学を受け入れられる考え方だから、対立しないで済んできたという話もあります。
「仏教は科学である」と主張する人も多い。それに反論する人もいます。そこは釈迦の教えと仏教の教えを分けて考えましょうってこと。
釈迦の教えは科学です。釈迦が亡くなったあとに作られた、教えや行事は非科学的なものが多いです。
仏教といえば、お葬式にお経あげることがあります。これも釈迦の教えではない。
こんな話があります。釈迦がお弟子さんたちの前で、石を池に投げ入れました。
「この池の周りを、石よ浮かび上がれ、石よ浮かび上がれ、と言いながら回ったら、あの石が浮かんでくると思うか」
「お釈迦さま、そんなことで、石が浮かぶはずがありません」
亡くなった方のためにお経をあげても、亡くなった方が浮かばれるとか救われることはないですよって話です。
釈迦の教えは、生きてる人のための教えなんです。だから、亡くなった人のためにお経をあげるってのは、釈迦の教えとは違うことなんですね。
原因と結果で考えても道理がない話です。
お経あげる(原因)→死者が浮かばれる(結果)
因果関係がない。
では、お経をあげる目的はなにか?
そもそもお経とは何か?
釈迦の説法(教え)を、弟子たちが後世のために書き残したものです。
お経をあげるというのは、釈迦の教えの書かれた本を暗唱するようなものです。
だから、お経は意味がわらないで丸暗記して読んでてもまったく意味ないということですね。
お経あげるなら、お坊さんに意味を教えてもらうのがお勧めです。
釈迦の話は、いい考え方がいっぱいあります。
新年から話長いですよね(笑)
何の話をしようとしたっけかな?そうそう、除夜の鐘108つ突いても煩悩は祓えないよねって話を年末に、メンタリストDaiGoさんが話してたんです。
行事として除夜の鐘を聞きながら、みんなで年末年始過ごすのは、楽しくていいと思うので、そのこと自体を否定してるわけではないです。
ただ、それで煩悩は祓えないです。そこで、科学の出番ですよ。科学でなんとかできると思ってます。
そういう話を、今年も書いていきますよってことを書こうと思ったんです。
▼初詣行きました?おみくじ引きましたか?

おみくじなんてただの迷信だー!とはぶったぎりません。
非科学的なものを頭ごなしに否定するのは科学ではない。
例えば、こういう実験があります。
テストでお守りを持ってる場合と持ってない場合では、持ってる場合の方が点数がよかったという結果があります。
これは、お守り自体に効果がなくても、効果があると思っていることによって、自信につながったり、リラックスしてテストに臨めたりすることによって、実力が発揮しやすくなるという話です。
当然、実力以上の結果は出ません。
釈迦の教えで言えば、試験でいい点数取る(点数上げる)には、勉強をしっかりしましょうという当たり前の話があります。
勉強(原因)→点数あがる(結果)
因果の道理。
祈ったり願ってるだけで点数はあがりませんよってのが釈迦の教え。
×祈る(原因)→点数あがる(結果)
これは因果関係がないですから、こんなことは起こらないわけです。
どんなに祈ろうが願おうが、勉強した以上のものは出ない。
その勉強した分の実力を最大まで出すために、お守りを持ってるのは、科学的に効果があると言えます。
「大吉」のおみくじも、持ち歩いてると運がよくなります。
運がいいと思ってると、そういうことが認知しやすくなるからです。
これは認知科学の話ですが、我々はこの世界をありのまますべては認知してないんです。
できないんです。脳幹にあるRASというフィルターがあって、フィルターを通して重要なものだけ認知されるようになってるんです。
こんな実験があります。
喫茶店の店内の入り口のほうに、小銭落としておきます。
実験の対象者たちを、その喫茶店に入ってもらう。
その小銭に気づく人と気づかない人がいます。
気づく人たちは、「あなたは運がいいですか?」という事前アンケートで、「運がいい」と答えた人たちが多かった。
身のまわりで起きてる客観的事実(出来事)は同じでも、自分の考え方によって、「いいことがたくさんある人」「悪いことがたくさんある人」はいるんです。
自分の考え方次第で、自分の世界は創られていくんですね
「チャンス」もそうですが、チャンスが来るかどうかよりも、それに気づくかどうかの方が重要です。
気づけるようになるためには、どういう考え方で、どういう脳の状態が望ましいのか?という話になります。
って話は終わらなくなるので、また、ぼちぼち書いていきます。
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