今後書く予定のネタとして、書いてあった話
⑧自分が原因で悪い結果を受け取ってても気付かない人もいる。どうしたら気付けるか?どうしたら認知できるようになるか?
僕のスーパーバイザーの方に、今後書くネタとしてこの話をしたら、「あぁだいたいみんなそうじゃない?自業自得なのに気付かないで文句言ってるよね」と返ってきました。
まず、大事な前提を書きます。
自分が原因だと考えたり分析する目的は何か?
自分の世界をよりよくするためです。
より幸福度を上げていくためです。
この前提がないと、あまりよくない受け取り方になってしまう人がいます。
「自分が原因なんだ、自分のせいなんだ、自業自得だったんだ、はぁ~、私ダメだぁ」
終了。
いやいやいや、ちょっと待ってそうじゃない。
罪悪感を感じてただ沈んでしまう。
それで、「原因なんて考えるのは絶対に嫌だ」って拒絶反応起こしてる人も以前いました。
「自分が原因だと考えて、罪悪感を感じて、自分を責めて、そんなのはよくない!」
そこで終わったら、たしかにその通りだと思います。
そんな自分を責めるだけなら、原因は自分だなんて考えないほうが幸せかもしれません。
でも、目的はそこじゃない。
原因は自分なんだ、じゃあ変えていけるよね、よりよくしていけるよねって話なんです。
ジェームズ・アレンの『原因と結果の法則』
『もしあなたが、自分の思いの数々を観察し、管理し、変化させながら、それらが自分自身に、またほかの人たちに、さらには自分の人生環境に、どのような影響をおよぼすものなのかを入念に分析したならば・・・・忍耐強い試みと分析によって、日常的で些細な出来事をも含む、自分のあらゆる体験の「原因」と「結果」を結びつけたならば・・・・
「人間は自分の人格の制作者であり、自分の環境と運命の設計者である」という真実に必ず行き着くことになるでしょう。』
僕の持ってる本にはこういう帯が付いてました。
「成功の秘訣から人の生き方まで、すべての原理がここにある」
稲盛和夫 (日本の実業家。京セラ・第二電電(現・KDDI)創業者。公益財団法人 稲盛財団理事長。日本航空名誉会長。)
原因と結果というのは、この世界の原理、基本ルールみたいなものだと思います。
ゲームでもスポーツでもルールを知らないと不利ですよね。
科学的な話です。
物理の授業でいまでもすごく覚えてて、僕の考え方の原点になってるかもしれない先生の話があります。
「物体が目の前にあります。これには何か力が加わらないと絶対に動かない。」
「もし動いたら、何か力が加わった、動いた原因があります。」
物理の授業としてはこれだけで終わりでいいんですが、その先生はここから面白かった。
「人も同じです」
例えば、ある男性が女性に花束を送った。
「花束を送った」というのが結果です。
その結果(行動)が起きたってことは、何か原因が必ずあるんです。
その女性のことが好きだから送ったとか、気を引こうとして送ったとかね。
この男性には、その行動の原動力になるものが存在していて、その力によって行動が起きた現象です。
何か現象が起きたなら、必ず原因がある。
原因がなければ、何も起きないのがこの世界の原理です。
物体はそのまま動かない。何も起きない世界。
結果だけ、ポンッと生まれることはない。
釈迦の話で言えば、因果の道理。
因果の道理は仏教の根幹と言われます。
木は根っこが無ければ倒れてしまいますし、幹が無ければ立ちません。
それだけ仏教にとって大切なのが因果の道理です。
って言われてますが、仏教関係なく、因果はこの世界の基本原理だと思います。
goo辞書より
いん-が【因果】原因と結果。また、その関係。
「情けは人のためならず、巡り巡ってかえってくる」
これはたしかにそうなんですが、非科学的に盲信しちゃってる人が多いですよね。
例えば、道で100円拾いました。
「日頃の行いがよかったから儲かったんだ。」
日頃の行いと100円拾うのはまったく因果関係ありませんよね。
こういうのは盲信ですね。非科学的な話です。
僕が書いてるのは因果関係ある話をしてます。
科学的な話です。
「良いことしてれば良いことが返ってくるんだ」って、因果関係なくても信じて、そういう心掛けはいいことだと思いますので、それは全然否定しません。それはそれでいい考え方だと思います。
しかし、僕が言ってる話とは違うものです。どっちが正しいとかじゃなくてね。
ただ、因果関係無視して盲信することは、デメリットがあるので、科学的に考えた方がいいんじゃないかなってのが僕の考えです。
どういうデメリットがあるか?
悪い出来事が起きたときに「私は日頃こんなに良いことしてるのにおかしいおかしい」って不満言う。
他人を見て「あの人日頃悪いことしてるのに、良いこと起こっておかしいおかしい」って不満を言う。
因果関係ないことを、あると思い込んで、おかしいおかしいと不満が出てしまうことがあります。
アドラー心理学のアドラー先生に言わせれば、見かけの因果律ですね。
アドラー先生は因果を否定してるという人がいるんですが、否定してるのは、見かけの因果律ですよね?(もし因果自体を否定してる記述があれば教えてくださったらうれしいです)
因果関係ない原因と結果が、見かけの因果律。
因果関係ないなら、原因と結果の関係になってないんですけどね。
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⑧自分が原因で悪い結果を受け取ってても気付かない人もいる。どうしたら気付けるか?どうしたら認知できるようになるか?
僕のスーパーバイザーの方に、今後書くネタとしてこの話をしたら、「あぁだいたいみんなそうじゃない?自業自得なのに気付かないで文句言ってるよね」と返ってきました。
まず、大事な前提を書きます。
自分が原因だと考えたり分析する目的は何か?
自分の世界をよりよくするためです。
より幸福度を上げていくためです。
この前提がないと、あまりよくない受け取り方になってしまう人がいます。
「自分が原因なんだ、自分のせいなんだ、自業自得だったんだ、はぁ~、私ダメだぁ」
終了。
いやいやいや、ちょっと待ってそうじゃない。
罪悪感を感じてただ沈んでしまう。
それで、「原因なんて考えるのは絶対に嫌だ」って拒絶反応起こしてる人も以前いました。
「自分が原因だと考えて、罪悪感を感じて、自分を責めて、そんなのはよくない!」
そこで終わったら、たしかにその通りだと思います。
そんな自分を責めるだけなら、原因は自分だなんて考えないほうが幸せかもしれません。
でも、目的はそこじゃない。
原因は自分なんだ、じゃあ変えていけるよね、よりよくしていけるよねって話なんです。
ジェームズ・アレンの『原因と結果の法則』
『もしあなたが、自分の思いの数々を観察し、管理し、変化させながら、それらが自分自身に、またほかの人たちに、さらには自分の人生環境に、どのような影響をおよぼすものなのかを入念に分析したならば・・・・忍耐強い試みと分析によって、日常的で些細な出来事をも含む、自分のあらゆる体験の「原因」と「結果」を結びつけたならば・・・・
「人間は自分の人格の制作者であり、自分の環境と運命の設計者である」という真実に必ず行き着くことになるでしょう。』
僕の持ってる本にはこういう帯が付いてました。
「成功の秘訣から人の生き方まで、すべての原理がここにある」
稲盛和夫 (日本の実業家。京セラ・第二電電(現・KDDI)創業者。公益財団法人 稲盛財団理事長。日本航空名誉会長。)
原因と結果というのは、この世界の原理、基本ルールみたいなものだと思います。
ゲームでもスポーツでもルールを知らないと不利ですよね。
科学的な話です。
物理の授業でいまでもすごく覚えてて、僕の考え方の原点になってるかもしれない先生の話があります。
「物体が目の前にあります。これには何か力が加わらないと絶対に動かない。」
「もし動いたら、何か力が加わった、動いた原因があります。」
物理の授業としてはこれだけで終わりでいいんですが、その先生はここから面白かった。
「人も同じです」
例えば、ある男性が女性に花束を送った。
「花束を送った」というのが結果です。
その結果(行動)が起きたってことは、何か原因が必ずあるんです。
その女性のことが好きだから送ったとか、気を引こうとして送ったとかね。
この男性には、その行動の原動力になるものが存在していて、その力によって行動が起きた現象です。
何か現象が起きたなら、必ず原因がある。
原因がなければ、何も起きないのがこの世界の原理です。
物体はそのまま動かない。何も起きない世界。
結果だけ、ポンッと生まれることはない。
釈迦の話で言えば、因果の道理。
因果の道理は仏教の根幹と言われます。
木は根っこが無ければ倒れてしまいますし、幹が無ければ立ちません。
それだけ仏教にとって大切なのが因果の道理です。
って言われてますが、仏教関係なく、因果はこの世界の基本原理だと思います。
goo辞書より
いん-が【因果】原因と結果。また、その関係。
「情けは人のためならず、巡り巡ってかえってくる」
これはたしかにそうなんですが、非科学的に盲信しちゃってる人が多いですよね。
例えば、道で100円拾いました。
「日頃の行いがよかったから儲かったんだ。」
日頃の行いと100円拾うのはまったく因果関係ありませんよね。
こういうのは盲信ですね。非科学的な話です。
僕が書いてるのは因果関係ある話をしてます。
科学的な話です。
「良いことしてれば良いことが返ってくるんだ」って、因果関係なくても信じて、そういう心掛けはいいことだと思いますので、それは全然否定しません。それはそれでいい考え方だと思います。
しかし、僕が言ってる話とは違うものです。どっちが正しいとかじゃなくてね。
ただ、因果関係無視して盲信することは、デメリットがあるので、科学的に考えた方がいいんじゃないかなってのが僕の考えです。
どういうデメリットがあるか?
悪い出来事が起きたときに「私は日頃こんなに良いことしてるのにおかしいおかしい」って不満言う。
他人を見て「あの人日頃悪いことしてるのに、良いこと起こっておかしいおかしい」って不満を言う。
因果関係ないことを、あると思い込んで、おかしいおかしいと不満が出てしまうことがあります。
アドラー心理学のアドラー先生に言わせれば、見かけの因果律ですね。
アドラー先生は因果を否定してるという人がいるんですが、否定してるのは、見かけの因果律ですよね?(もし因果自体を否定してる記述があれば教えてくださったらうれしいです)
因果関係ない原因と結果が、見かけの因果律。
因果関係ないなら、原因と結果の関係になってないんですけどね。
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