前回、誰だって最初からできる人はいない

つづきです。


アドラー心理学でも、怒りという道具を使う必要がないというけど、「反射的に怒ってしまうんだから仕方ない、私にはできない」ってすぐ言う。

怒りという道具は使う必要ないんだっ知って、すぐ怒りという道具を使わなくなるなんて無理でしょう。



「怒り」については根本的に誤解されてる方もいます。

「怒りを我慢しよう」とするのはできないことです。

感情はコントロールできない。

がんばってムリに我慢する、抑え込んでると身体に支障がでてきます。

そういう医学的な本を以前紹介したこともあります。




自転車という便利なものを知って、それにぜひ乗りたいと思ったのなら、ちょっと乗ってみて転んで、まともに走れないからといって、ムリだと諦めないことです。


コメントでムカついてしまった、怒ってしまった。だから駄目だ!じゃなくて。

いまの段階では怒ってしまったのは仕方なくて、そこから考え直してみる。

相手はどうしてそういうコメントしてきたのだろうか?

相手は悪意はないと気付くかもしれない、怒るほどじゃないと気付くかもしれない。

自分を納得させていく。



怒りの道具を使ってしまった。だから駄目だ!じゃなくて。

考え直してみる。

怒りという道具を使わずに、言葉というコミュニケーション使えば済んだんじゃないか?

アドラー心理学では、怒る人は、怒りという道具以外のコミュニケーションを知らないだけだって話もあります。

反射的に使ってしまっても、それ以外の道具の使い方を後から考え直してみる。

相手に怒らないで、こう言えばよかったかなとか。




最後に変な例え話しますね。

開けると何か飛び出してきそうな箱があります。

その箱を見るとびびってしまう。

そして開けてみると、、、「なんだ何も入ってないじゃん、びびる必要なかったな」

でも、またその箱みると反射的にびびってしまうかもしれない。

そして、また開けてみる、「なんだやっぱり何も入ってないんだ」

これを繰り返していく。

何も入ってないと何度も何度も確認していく。

そうすると、「何か飛び出してきそう」って考えがそもそも浮かばなくなっていく。

どうせ何もないんですから。

それでびびる感情も出なくなります。

これは、びびる感情をムリに我慢したり抑え込んでるわけじゃないですよね。

考え方や捉え方が変わったから、出る感情も変わったんです。

感情自体をコントロールするわけじゃない。


感情が生まれる反応のモデルとして

A、できごと ⇒ B、思考、価値観など ⇒ C、感情


自分がコントロールできるところはBです。


「怒り」もこんな感じで、後から考え直すってのは、箱を確かめるみたいなもので、なんだびびる必要なかったな、怒る必要なかったなと、自分で納得させていく。


誰だって最初からできる人はいない、すぐはできないのは当たり前なので大丈夫です。







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