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前提は、

「争いたい人はいない」ということ。

争いたくないのに、攻撃的になってるということは、そうせざるを得ない理由があるんです。

“その人なりの”正当な理由があるはずなんです。

それは悪意ではない。


全てを知れば、全てを許すことになる。


僕のブログの例で言えば、自分が否定されたと思って攻撃してくる人がいます。

僕がこういう考え方がいいんだと書いてたら、反対の考え方の人は、自分の考えが否定されたと受け取る、生き方が否定されたとまで受け取る人もいることがある。

「あなたのほうが間違っている!私は間違ってない!」と言ってくる。

これは悪意じゃないです。自分を守るための行動です。


他に似たようなコメントで、あなたの考え方は間違ってます。私の考え方が正しいんですという説教みたいなものとかね。

おせっかいの部類かな。悪意ではないですよね。僕のこと考えて言ってくれたわけですよね。

お寺周りして修行してこい!みたいなこと言われたこともあります(笑)

いきなり知らない人に、あなた間違ってます、修行行って来いとか言われたら、イラっとする人は多いと思うんです。僕も昔は、そんなコメントにイラっとすることがありました。

それをどうやって変えていったかというと、相手のことを考えるようにしていきました。


心理カウンセラーの勉強してわかったんですが、これは「認知療法」みたいなものでした。

出来事 ⇒ 思考 ⇒ 感情

この説明を詳しくすると本題からはずれていくので、また別で書きますね。

ずっとこの考え方は書いてるんですが、今度は心理療法の視点から説明します。





相手のことを考える。

争いたくないはずなのに、どうしてこの人は、争いを生むようなコメントをしてきたのか?

僕のところにくる攻撃的な人は、だいたい自分の身を守るためです。



仔猫が捨てられてたので拾って家で保護した人がいた。

その仔猫は威嚇したり、手を出したら引っかいてくるんです。

引っかかれて血が出ても怒らないです。

悪意を持って攻撃してきたわけじゃないとわかってるから。

仔猫は、親に捨てられて、人間に知らないところに連れて来られて、怖いんですよ。

怖くて怖くて自分の身を守ってるんですよね。


人間を傷つけてやろうとか、人間を捕って食ってやろうなんて生物じゃないですよね。

いっぱい遊んでいっぱい食べていっぱい寝て、そういう平和を望む者ですよ。

人間だってそうでしょう?平和を望む者でしょう?

平和に幸せに生きたいですよね。



「人を動かす D・カーネギー著」より

人を非難する変わりに、相手を理解しようと努めよう。
「どういうわけで、相手がそんなことをしでかすにいたったのか?」よく考えてみよう。
その方が、はるかに得策で、面白くもある。
そうすれば同情・寛容・好意もおのずとうまれてくる。
全てを知れば、全てを許すことになる。



不平不満や愚痴が出るとき、イライラしてるときは、自分のこと“だけ”考えてないかな?と気づくチャンス!






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