さて、前回に引き続き今回も変な人が変なことを書いていきますよ!


嫌われたくない人には、どうせ嫌われないから、嫌われないように考える必要がない


どうしてどうせ嫌われないと言えるのか?

どうして嫌われないように考える必要がないのか?


まず、「嫌われたくない人」これをはっきりさせましょう。

僕が嫌われたくない人は、僕自身です!

「・・・・・・・・・」

自分大好きなんです。

「・・・・・・・・・」

いいですか?

大好きな人には嫌われたくない!すごく当たり前の話をしています。


はい、ここで読む人の半分は脱落したつもりで、続けますね♪

ここにもう一人の僕がいるとします。

仮に、猫事Aさんとしましょう。

では、猫事Aさんに嫌われるにはどうすればいいか?

よっぽどのことがないと人を嫌わないでしょう。

よっぽどのこととは?

「悪意を持って実害を与える攻撃を意図してする」

くらいのレベルです。

もちろん僕は大好きな猫事Aさんにそんなことしませんよ。するわけがない。

ということは、嫌われることなんてないということです。

嫌われたくない人には、どうせ嫌われないから、嫌われないように考える必要がないんです。

シンプルに説明すると、こういうことです。



次に、現実的に嫌われたくない人の範囲を広げて考えてみます。

嫌われたくない人は、僕自身と合う人(同じような価値観、近い価値観の人)、上機嫌の人、幸せな人


嫌われてもいい人は、その逆ですね。

僕自身と全然違う(自分が選択したくない)価値観の人、不機嫌な人、幸せじゃない人など。



類は友を呼ぶ、引き寄せの法則など

自分の周りには似た人が集まっていくし、価値観が全然違う人、合わない人は自然と離れていくものです。


「別れた原因は価値観の違いです。」

「価値観が合わなくなってきたから、離婚しました。」

こういった話は珍しくないですよね。

法則というと胡散臭く感じる方もいるかもしれませんが、こういう事象はよくあることですよね。

法則というものが先にあって、不思議だけどそうなるってことではなくて、よくある事象やパターンに法則と名付けて呼んでるだけですからね。
(これ伝わらないかも?)


例えば、いつもニコニコ上機嫌で幸せな人が、人を嫌うことは想像できなくないですか?

逆に、いつもプンプン不機嫌で幸せじゃない人は、人を嫌うことはよくあるだろうと想像できます。嫌いな人たちに囲まれて、文句や不満を言ってる、(自分で)被害者になってる人ですよね。

こちらがまったく悪意なくても、「あの人に酷いことされた!酷い酷い!」って被害者になり攻撃してくる人とかね。
そういう人には嫌われてもいいですよね。離れてくれたほうがありがたいくらいです。

合わない人だから離れてくれて、お互いよかったよかったとかね。

ただ、幸せな人はもし嫌うとしても、自然と離れていくでしょうから、気づかない可能はありますね(笑)


自分が悪意を持って人に攻撃するようなことはしないで、自分の機嫌をとって幸せでいれば、嫌われないように考える必要はないです、僕は。


『類友の法則』といって、
 似たような人間が
 自分のまわりに
 集まってきちゃう。

『仕事がうまくいく315のチカラ』
斎藤一人 KKロングセラーズより




「こういうことがあって嫌われてしまったんですよ」って沈んでる人の相談は何度かあったことがありました。

「その人には嫌われてもいいじゃないですか、むしろそういう人が離れてくれていいことですよ」って思う率は100%でした。

だから全然沈むことないですよーって言います。




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