日本人が言いました。

「日本では、親は子に、学校の先生は子どもたちに、

“他人に迷惑をかけるな!”

と教えている。こんな教育はおかしいだろ・・・・」



この話にインド人は、納得してくれました。

横にいた日本人には通じません。

「当然ではないか!?そう教えて、なぜいけないのか!?」


それじゃあインドでは、子どもたちにどう教わってるか、インド人に聞きなさい。

インド人はニコニコしながら、

「わたしたちは子どもたちに、“あなたは他人に迷惑をかけているのですよ”と教えています」

と答えてくれました。








「わたしたちは子どもたちに、“あなたは他人に迷惑をかけているのですよ”と教えています」

これはどういうことかというと、我々は他人に迷惑かけてるんだけど、許してもらって生きてるんだよって教育なんですね。

だから、他人に対しても許しましょうということです。




「他人に迷惑をかけるな」という価値観は、他人の迷惑も許せないという価値観にもなります。


以前書いた「電車内の舌打ちおっさんの話」がわかりやすい。

舌打ちするおっさんがいるせいで不快だ、迷惑だ、許せないと、自分の幸せが他人に害されてしまうことにもなる。

幸福度高い国の人たちの多くは、こういう反応になりません。

日本人でも幸福度高い人たちは、他人に自分の幸せは害されない。





最近ツイッターでこんなツイートがあって笑わせてもらいました。

「通りすがりのおっさんが舌打ちしながら降りて行ったけど、もしかしたら投げキッスだったかもしれない

チュ♡」



機嫌悪くて、つい舌打ちしちゃうことだってあるんじゃねーの?人間だもの。

そんなのでいちいち怒らない。

人は自由なんだ




全てを知れば、全てを許すことになる
『人を動かす D・カーネギー』













※参考本

こだわりを捨てる―般若心経 (中公文庫)/中央公論新社

¥637
Amazon.co.jp

上記本から引用

わたしたちは、自分が他人にかけている迷惑を他人に赦(ゆる)してもらっています。赦してもらって生かされているのです。

それ故、わたしたちもまた、他人の迷惑を赦さねばなりません。

自分がかける迷惑は赦してもらうが、他人の迷惑は赦さない―――というのでは、あまりにも自分勝手です。

日本人は、他人に迷惑をかけるな!と教えますが、それだと、自分が他人にかける迷惑は小さく計算して、他人から受ける迷惑を過大に評価することになりかねません。わたしたちはそれほど迷惑をかけていないのに、あの人はものすごく迷惑をかけている、といったふうになります。

わたしたちは他人に迷惑をかけずには生きられない存在だ。わたしたちは自分がかける迷惑を赦されている。だから、わたしたちは他人の迷惑を赦さねばならない。











下記バナー2つぽちっダウンとして頂けると嬉しいです。


にほんブログ村


人気ブログランキングへ


☆このブログ記事の紹介などは、許可なくても大丈夫です★
★いいなと思ったら、リンク貼ってシェアしていただけると嬉しいです☆
リンクの貼り方わからない人はこちらへ

各種お知らせ一覧