今日の観察-day893



決して、意識の軸を逸らさないこと。




この数日の迷走を受け、

朝の目覚めとともに己が見えた。



そして、軸を据えたのは

「眼の前の全てはうん◯・カスである」

という一点。



それは、

“過去、こういうものを放ってきましたよ”

という、お知らせ。



その景色にケチをつけることの

道理のなさに、

改めて目が覚める思いだ。



なんでこんなうん◯が出てきたの!

と騒いでも、詮ないこと。



ずーーっと自分のうん◯を

眺め続けるより、

サッサと必要な栄養を吸収しろ。



現実とは、

走馬灯をスローモーションで

体験しているようなものだな、と思った。



また、感情的な

「焦り」や「恐怖」などは、

自分を対象より下に置くから

生じるのだな…と深く腹落ちした。



これがなかなか、難しい。



無意識に、

自我最後尾=優劣になってしまう。



そうではなく、

存在としては対等でありながら

学ばせて頂く師と見る。



それは、高齢者でも幼児でも

同じ「人間」で表現されるのと同じ。



そこに、価値の優劣はない。



モヤが晴れて世界を見ると、

いろんなことがクリアに見えるなー。



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お読み頂きました皆様、

本当に本当に

ありがとうございます。