日本近代史を勉強していて、いつも思うこと。
アジア諸国が欧米列強の植民地にされていく中、
唯一日本が強かったのは何故だったのか?
以前、
「種子島の鉄砲伝来により、それまでの戦い方が一変して戦国時代が終わった。もし鉄砲伝来がなかったら、、日本の近代化は遅れていた」
ということを聞いたことがあり、
その時、はじめて
鉄砲伝来に、どれほどの意義があるのかを
知りました。
教科書では、単なる歴史上の事実として勉強しただけでしたから。
ここにきて、
もう一度、深く掘り下げてみたいなとおもって
Amazonを何気にみていたら
『種子島の鉄砲とザビエル
日本史をぬりかえた二つの衝撃』
著者、石原結實
石原先生はお医者さん。お医者さんがなぜ鉄砲伝来の本を書いたんだろう。
興味が湧いたので買ってみました
Amazonのお届けは早くてありがたい
帯の後ろのあらすじには、こう書いてありました。
「種子島に火縄銃が漂着したのは、運命だった!
なぜ南海の小さな島に鉄砲が漂着しただけで国産銃が造れたのか?ヨーロッパの海外進出が盛んな大航海時代に、世界各地が植民地化されていく中、日本はなぜ侵略を免れたのか?
西洋と東洋の文化を見事に融合させた日本人の柔軟性やたくましさ、高い技術力のすべてが今、明らかになる」
買って大正解


面白くて、その日に読了しちゃいました。
種子島鉄砲伝来の物語、YouTubeで発見!
こちらも良くわかりますよ。
その時歴史が動いた
これを、偶然というのでしょうか?
もし、漂着したところが種子島じゃなかったら、、
通訳ができる人がいなかったら、、
島主に先見性もなく、財もなかったら、、
(16歳の若き島主、美少年だったそうです
)
優秀な鍛治職人がいなかったら、、
父親思いの娘がいなかったら、、
商人がいなかったら、、
誰か一人でも欠けていたら
この平和は訪れてなかったかもしれない。
私には全て偶然とは思えず、
大きな意志が働いて、必然的におこった出来事のように思えてなりません。
石原先生の本のエプローグでは
「禰寝軍との戦争の最中にあった種子島に、異様な船体の難破船が漂流したにもかかわらず、種子島の人々は、南国特有のホスピタリティと寛大な心で、親切に難破船を救い、乗組員をもてなした。
また、鉄砲複製を家臣に命じて成功させた少年島主・種子島時尭も、鉄砲製造の技術を私のものとせず、橘屋又三郎を通じて堺に伝え、鉄砲を全国に広めた。
私利私欲に走らず、こうした人間が持つ本来「美しい心」が、発揮されたとき、「歴史が動いた」のである。」
とありました。
種子島は、自然がいっぱいで海がキレイだけじゃなかった
ホスピタリティ精神があって、寛容で親切、こなような島民性があっただなんて
ウルッときて
感謝と郷土愛が深まりました

大きな意志のもと、歴史を創るのは人。
そう思う時に、
一人一人が、尊い存在であることに氣づかされます。
小さな自分を生きるのではなく、
自分史の主役となって今を生きる
それが、とても大事なんだなと、思いました
興味がある方は、
是非読んでいただきたいのですが、
「中種子町の、立切遺跡は、約3万年も前の遺跡で、歴史の定説を変えざるを得ない「国内最古の生活跡」が発見されているそうです。
また、南種子町の広田遺跡からは、山の字を貝符に彫刻したものが発見されており、
これは、「日本最古の文字」とされている。」
こうした内容の事も書いてありました。
3万年っ
驚きです。
古代文字で書かれた文献『ホツマツタエ』
の発見と関連文献の『ミカサフミ』によって、
日本神道は、確認できる宗教の中で最古だったと説があり、中国よりも遥かに古く発達した文明だった可能性があると書かれた本を読んだばかり。
シンクロでした
今年は、秋頃に
里帰りするので、鉄砲伝来ゆかりの場所や遺跡を丁寧に巡ってみたいと思います
南蛮船が漂着した海。
【募集中】
2/11 建国記念の日に開催!

