突然となりの神社参拝・びっくりUSA(うさ)神宮編〜 | 沈黙こそロゴスなり

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やってきましたとなりの神社参拝、今回は大分県宇佐市にあります、USAならぬ宇佐神宮!
元祖USAですがな! とかしょーもない冗談はこれくらいにして...



立派な神社ですね(^^)
相変わらず予備知識なくやってきてます。
知ってたのは、私の産土神社だということ(^^;;
全国にある八幡神社の総本社だったんですね!

しかしここ、神仏習合の本拠地というかなんというか、ワールドワイドというか、まじUSAな感じで(意味不明)、とにかくこの宇佐神宮で売られている「神道聖典」の内容がとにかく興味深いのです。





なんとこの「神道聖典」、通常の祝詞、大祓の詞などの他に、般若心経が載ってたり、聖書やキリストまで登場してしまうのであります。いやびっくり!



ちなみにこの石は夫婦石といって、カップルで同時に踏むとよいんだとかなんだとかw

しか~し、とにかく直感だけでいくこのツアー。
なぜか前日から「鉾立」というキーワードが頭に浮かぶのであります。
その謎が、宇佐神宮入り口にあった境内案内図を見た時に解けました!




これがその案内図
地図の右手の方をみると...



なんと「鉾立神社」って書いてあるではないですか~!!!!
これだ~!!!

というわけで、本殿の参拝はそこそこに、裏山へGO!



行ってみると、裏山にしてはやたら立派な参道が...



さっそく登って行くと...



山上には、大尾神社という神社が。
なんでも奈良の大仏建立以後、15年間、宇佐大神はここに鎮座したのだとか...
しかし、ここ、はっきり言って、聖地です。
本殿のある場所はカモフラージュではないかと思っちゃうぐらい。
しかも誰もいません。

この後近くの護王神社にお参りし、つづいて鉾立神社へ。



立派な石碑



説明書きには「聖地」との表記が...



そしてそこには、1本のご神木が立っているのみ。
しかし、カメラで撮影すると、なんか光が不思議な感じに写るんです。
なんとも言えない不思議な場所。
さっそく祈りを捧げさせていただきました。



さて、ここでは次のようなお言葉をいただきました。

護皇神社にて、和気清麻呂公からのメッセージ:
人の世はたかだか百年弱である。たったそれだけの時間で一国の行く末を見極めることなど不可能だ。人はその命の短さ故、目の前のことにしか注目しない。
人はよく、「なんとひどい世の中だ」「なんとひどい君主だ」「なんとひどい政治だ」などと言うだろう。確かにその時はそうかもしれぬ。しかしそれから千年がすぎた今、この国の安泰が保たれているのは、その時のひどい出来事があったからでもあるのだ。
目先のことに振り回されるのはやめよ。千年後の未来を見通すことのできるものなどおらぬ。ゆえに今を精一杯誠実に、自らに与えられた役割を全うせよ。それらの小さな積み重ねが、未来を形作るのだ。

大尾神社、鉾立神社にて、八幡大神からのメッセージ:
喜び、踊り、楽しみなさい。今という時を自由に生きなさい。日々愛と誠と感謝をもって過ごしなさい。我は八幡大神、神道と仏教、景教、儒教などの上にまたがるもの。そちたちがミカエルだのルシフェルだのと呼んでいるものと根は同じぞ。
奈良の毘盧遮那仏を祝福したのはこの私。それはこの大仏が私をかたどっているからぞ。盧遮那(ルシャナ)はルシフェル(光を運ぶもの)であり、またスサノオもルシフェルを表している(スサ=ルシ)のだ。
我は昼と夜、光と闇、二元性を治めるもの。この世の理ぞ。
よいか、善と悪は常に互いの周りを回っている。いわば陰陽の図ぞ。
時として善は悪となり、悪は善となる。これらは同じことの表と裏ぞ。
表も裏も時として反転する。二元性とは相対的概念、同じ理の各側面にすぎぬぞ。
同じ理を善の目で見ればそれは善となり、悪の目で見れば悪となる。見るものがどのような視点をもっているかに過ぎぬ。
ゆえに、すべての事柄に関して愛と誠と感謝をもって見聞きし、触れるのだ。
さすればこの世は喜びで満ち溢れるぞ。



う~ん、すばらしい、宇佐神宮。
お寺の住職と隠れキリシタンの血筋を受け継いだ私としては、誠に興味深い神社であり、それが産土神社ってところが、なんか運命を感じました...。