台湾、清朝時代時代の教育機関「書院」と「書房」 | 台湾華語と台湾語、 ときどき台湾ひとり旅

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8月の台湾一人旅では澎湖島に行きました。最後の日に、澎湖島で初めてにして唯一の科挙合格者、蔡廷蘭さん(1842年合格)の邸宅を見てきました⬇️




蔡廷蘭さんは台湾に戻ってから、台南の《崇文書院》などで教鞭を取り、台湾の教育の発展に寄与しました。優れた文学作品も残しています。


澎湖島の《蔡廷蘭進士第》には彼が勤めたであろう「書院」をモチーフにしたレリーフがあり、犬もお利口さんに授業を聞いています⬇️



もっと引いて撮ると、本棚の上に猫の姿も⬇️


とにかくとっても可愛かった!


で、この「書院」というのは、清朝時代の台湾における、官製の学校(塾)のこと。最初の《西定坊書院》ができた1683年から、台湾が日本に割譲される1895年までの間に、68の「書院」が設立されたそう。


その「書院」は、多くが官営か官民共同運営でしたが、台湾には「書房」と言われる私立の塾もたくさんありました。6歳から三字経や四書五経などの基本的な学問を学び、10歳から20歳までの生徒は科挙受験の準備をする、といった教育内容でした。


「書房」は個人経営のものも多く、既に日本の統治下にあった1897年に、まだ1,127ヶ所も存在していたそうです。


※参考資料

①『臺灣歷史地圖』

國立臺灣歷史博物館/遠流出版

②『台湾の歴史 台湾高校歴史教科書』雄山閣

③『台湾史小事典』中国書店