前の記事からの続きです。

 

 

さて、実家に帰って母と話す。

とりあえず事務作業は夜はしないでおこうということで、翌日にまわす。

 

母は、話せば話すほど、八方ふさがり。

自分で握りしめたパターンから逃げられない様子です。

 

 

 

私が動くと波風が立つ

怒られる

うまくいかない

イジワルされる

わかってもらえない

 

 

 

このオンパレードです。

祖母からの「家の恥を外で言うものではない」という教えに重きを置いているので、友達に愚痴のひとつも言えない。

言ってみるんだけど、途中で愚痴の対象を庇ってバランスとっちゃうんですよ。

だから言い切れないし、聞かされる方もなにを言いたいのか分からない。独り言と一緒です。

で、そもそも愚痴を言ったことがあまりないからうまく発散できない。

 

 

 

前者は一般ビトスーツという名の「平均的・常識的ヒト型スーツ」をまとって外界に接するので、起こった事象と自分との間にワンクッションあるんですが、後者なウチの母は

往来で真っ裸のまま仁王立ちで笑ってる

タイプなのです。

恐らく祖母…母の母親は前者だったと思われ、子供の頃の母に道徳や品格ある行動や、物事の因果関係を噛んで含めて丁寧に教えた。

ま、いわゆる仏教的でかつ良妻賢母な教えです。

全然悪くはないんだけど、母はタイプが違い過ぎ。

だって天然が奇跡を呼ぶ魔法使いタイプだから。

後者だから。

だけど、母は自分の母親を大好きだったし尊敬してたから、ダウンロードしたそのパターン(何事にも理由を求める)を手放せない。

なんなら手放したら死ぬくらい思ってるんじゃないかな~。

 

 

 

私から見れば、祖母の言葉はそういう意味じゃなかったと思えることもあります。

母の誤解と融通の利かなさが変質させちゃってる部分、多いんですよね。

というか私もその「(母の握りしめてる)祖母の教え」を強く強くたたきこまれたから不自由な精神になっちゃったんですけど。

…あ、今はずいぶん自由ですよ。

 

本当はおてんとうさまに向かってワッハッハと笑ってるタイプなはずの母が、因果を常に考えて行動しているうちに、過去と未来しか頭にない状態になってしまったんですねぇ。

常に、過去の損失、やらかしを補てんするため、未来の不安を消すために、今を犠牲にして常に走っている。全力で。

 

 

 

 

過去の自分が100%発揮しなかったかもしれないことへの罪悪感。

未来のために今もっと頑張れるんじゃないかという焦り。

全てに因果関係があると思っているから、自分と関係のない事まで自分が頑張ろうとする。

だから今休めない。

思考がぐるぐる回って、パニックになっている。

 

 

 

潜れない後者、飛べない後者って、エネルギーの補充が出来ないじゃないですか?

それ辛いやん。

 

 

とりあえず母にHAPPYチャンネル見せて(笑)、少し元気が出たところで、その夜は眠ったのでした。

 

(まだ続く)