テレビで日光東照宮の修復をやってるのを観てます。




印象的だったのが三猿(見ざる言わざる聞かざる)の修復シーン。
修復の際には、見取り図と呼ばれる現物に忠実な絵図をおこし、それを元に彩色するのだそう。

なんと、その彩色の際に、

修復した職人の個性がある程度認められているらしい

のです!!
例えば100年くらい前の職人さんが彩色した猿のうちの1匹は、少し微笑んだような顔。
今回同じ猿が修復されたら、への字口になってる。
番組の外国人視察団の方が「同じでなくて良いのか」と聞くと、彫りはこうなっている、との返答。
じゃあ、100年前のものが間違っていたということかと聞けば、その答えは彩色はその時代、その職人の個性が認められているから、と。
今回は、彫りの通りに彩色するのが良いと判断したということです、という話でした。


あぁ、感動したー…。


そこに、日本が後者社会だという片鱗を見た気がします。
自分の磨き上げてきた技術。
自分のマックスをを発揮していい。
「修復」である以上、ベースのところは変えられないけれど、継承され、自分が学んだ技術を「出していいよ」という世界。
誰のことも邪魔しない、自分のことも。

なんかいいなあ。