友人に後者が居まして。
前者後者論は知らないけど、自分の後者的な要素を十分に分かってまして。
仕事、めっちゃ出来るわけじゃないけど、なんとかなるんですよ。
出来ないと分かってることは最初から無理しない。
で、周りが手を出すんですよ。
お世話しちゃう。
本人もそれに任せてる。
私も彼も、負けん気が先に立っている時はよくぶうかったんですけど、こないだ仕事で初めてお礼を言われました。
「あのまま行ってたらトラブルになってた。
ほんま助かったわ。」
なんかね、感慨深かったですよ。
本人はお礼のつもりじゃなくて、本当にただ「助かった」と思ってるだけの可能性もあるけど(笑)
自分が助かったことと私の行動との因果関係は認めてくれているのです。
それと同じように私の方も。
彼とは音楽で元々繋がったんですが、突拍子もない、現時点では無理そうな企画を立ち上げます。
出会った当初は絵空事にしか聞こえず、また説明も足りないので何かと不信感を抱いてたんです。
けど上手くいく。
てゆーか、彼を信じて任せて、自分は自分のことに集中してる方が、むしろ良い形に落ち着く。
ああ、持ちつ持たれつなんだなぁ。
そんな私は未だに後者的な要素を自分に感じるんですが、たぶん、前者力を育てておらず、後者である母の目線、母の見ている世界を教え込まれたからかなぁ、と。
母は後者で、彼女の思う「正しいこと」「あるべき姿」に私が合わない時は
なんて自分勝手なんだ
自分のことばかりにかまけて家の手伝いをしない
と怒られました。
人との協調性とか、いろいろ。
そのくせ人のお世話をしていると「人のことばかりに気を取られて自分のことをしない」と言う。
しょっちゅう軸が変わるので、だんだん何が正しいのかわからなくなりました。
世の中は怖いもの
常に気を配らないといけないもの
間違ったことをすれば攻撃される
私には外で生きていく力はない
結果的にそう刷り込まれてしまい、いつも緊張してました。
他人に甘えたり頼ったりも出来なかった。
けど仕事ではうまくいってるんですよ。
前者力を全開にすると、むしろ喜ばれるので。
それで突っ走ってコケたりもしましたが、その中で母の教えや彼女の苦しみも理解できるようになって、その矛盾もなんかわかった。
今や、私が助けてと言えば助けてもらえる、私が手を差し出せば喜んで受け入れてくれる、そーいう場所になってます。
ほぼ、ね。
母は自分自身を信じられなくて、監視して、それを私や周りにもやっていた。
私も、自分を監視していたし、頑張らなきゃと思って走る分、頑張らない人に腹が立った。
要は、自分のことも人のことも信じてなかった。
母が、自分を信じられたらいいな。
周りのことも、信じられたらいいな。