ただいま。
今、菜の花が旬を迎えていて。
これは、河原に自生していた菜の花を湯がき、おひたしにしたもの。これはというと・・・
このしいたけ茶で・・・
春の風味、野趣あふれるスープに。こーして、パワーをもらうわけで。神器としても使えるナイフだけど、今週土曜日、印鑑造るならここっていうパワースポットでもある、西国分寺にある天章堂さんに取に行く予定。印を預かり、これでやっと完成にこぎつけます。
で、今回の「知諸禅三昧力」というやつだけど、どういう力かというと・・・。解脱・静慮・平等を知る力が得られるというわけで。だから「三昧力」というわけ。「斬れる」いうのも、苦しみや悲しみ、迷いから抜け出す力を授けるということで。分けて滅するという作用ね。
迷いや苦しみ、悲しみといったものは、それは肉体を持ってるから仕方ないこと。生きている間は、自我があるから。自我の殻を破り、苦しみや悲しみ、迷いに対して強くなることは、神仏を拝むより、自分を省みて、精神を鍛えて、何があっても耐えられるように努力しかないわけで。
で・・・。心霊現象とか、たたりとか言われている現象の殆どは気のせいなんだけど、ただの偶然と気のせいが合体すると、心霊現象発生とか、祟られたとかの思い込みに発展するわけで。
身内にもそういう人がいて、違うといくら言っても聞き入れない。それで、自分は何もせずに、助けてくれるまで待っている。それじゃあ解決しないよ。誰でも悪い思い込みはあるけど、悪い思い込みは、呼び寄せてしまうので、呼び寄せない誰でもできる改善方法があるわけで。
忘れること、引きずらないこと。気にしないこと。ね。簡単でしょ。
以前も、「見ざる 言わざる 聞かざる」の話をしたけど。それは、魔物らしき存在を確認しても、見ない、話かけない、聞かれても答えない。ってのがあったわけで。魔物とて、相手にしなければそのうち出て行くし、「憑いた」とか「憑かれた」とか騒ぎ立てれば騒ぐほど、奴等は大喜びします。
それに、トリついて殺そうとする場合の霊というを見て貰いたいかと。自分史上最悪、霊能者の方なら「むやみに見せないで」っていってしまうほど、悪い霊のオンパレードで。
凶悪の限りの心霊写真です。何度見てもやっぱりです。コートも血染めにされてしまってるので、完全に殺す意識満々。この日、不慮の事故に遭い、頬を骨折して死に掛けたことがあって。本当に悪霊や祟り神が人を殺そうと思っている場合は、その相手が弱るまで、決して表には出てこない。だからこそ、本物は陰湿で陰険、本当は画像データーでも、この写真を持ってるのはいけないことかも。
事の起こりは、この写真を撮影する前の年に、あるオッサンと一緒にサイクリング行った時の事。名栗に行くため、吹上トンネルに差し掛かったところ、旧吹上トンネルの方へ。そこから先に続くワイディングが、景色も良かったため。
そして、そのオッサンだけど、自分も言わなくてもいいことを言ってしまったがため。「ここ、心霊スポットで有名な場所なんだ」の一言。そのオッサンは、喜んで写真取り捲りで。自分が止めるのも聞かずに、「えーでも撮れたら面白いじゃない」なんて。そのとき置いてきゃよかったのだが。
本当に悪いものは、自己主張などせず潜伏期間を置いて、いきなり来る。で。そのオッサンと自分とを比べて、どちらを食べたら美味しいか。てなことだったわけで。
でも、一番怖いのは、霊現象とか、祟りとかそういう思い込みを強くもち、その思い込みから離れられなくなること。「祟られているから、自分にはできない」「霊現象に襲われてるから、精神的に不安定だ」とか。
体はピンピンしているのに、思い込みで患ってしまうのは、病気も心霊も同じ。
それをはっきり言ってしまうと完全な精神依存症な訳で。精神力の弱さが、そういうものに置き換わってしまっていると、本当に病気になったり、そこに魔物が進入するわけで。
なので一番は、セルフでできることを片っ端からという奴。霊能者に相談したり、一人で思い悩んだりするよりも先に、まずは捨てられる思い込みから一つ一つ捨てていく。断捨離をした上で、それでも不安な部分についてはカウンセリングを受けて、何をすべきかを判断していく。
まるで四銃士の誓いの儀式みたい。刀身と柄の相性から、組み合わせが決定。後は、朱印を押したいのだけど。
やっぱり・・・色々と見てると、7000円は卸値価格といわれてしまいそうで。
いかがで。





