2018年5月21日(月曜)![]()
母方のおじいちゃんが、亡くなりました。
享年95歳。
大往生。
だけど、自分の、実のおじいちゃんが生きているなんて、
わたし、知らなかった。。。
割と、最近まで。
わたし
「えええっっ??!!
あの人が
本当のおじいちゃんなの?!
じゃぁわたしが、
中学生くらいの時にお葬式に行った、
あのおじいちゃんはっっ?!」
母
「。。。あれは、お母さんのお母さんの、お兄さんだよ。」
わたし
「。。。そうなんだ。。。」
。。。という会話が繰り広げられた時
「おじいちゃんが生きているなら、逢ってみたい!」
っと、強烈に想ったのだけれど
お母さんの「これ以上ナニも言わないで!!」オーラが強すぎて、
言い出せなかった。。。。。
そうこうしているうちに
お母さんが、遠くに住んでる妹(大好きな叔母のHiloちゃん❤)へ
「おじいちゃんが、介護施設から病院へ移った」と電話してるのを
たまたま、聞いてしまった。
「おじいちゃんが生きているうちに。。。一目、逢いたい!! ><」
けど、お母さんには、どうしても言い出せなくて。。。。
。。。お父さんに相談したら
「そりゃあ〜◎◎◎(わたしの名前)からしてみたら、
本当のおじいちゃんなんだから、
逢っといた方がいいだろ!」
と言ってくれて、病院名を聞き出してもらえるように、お願いした。
お父さんが、病院名を聞き出してくれると言ってくれて
すごくウレシカッタけど、
それが、なっかなか、
お母さんに聞いてくれなくて。。。
(単純に忘れてるっぽいカンジ。。。^^;)
そんな中、またもお母さんが、妹に電話を。。。
「うまく呼吸ができないみたい。お葬式になったら、仕事、休める?」
その時、病院名と部屋番号を伝えていたから、わたし、盗み聞き(←)して、しっかりメモメモ。
そぅして。。。5月の21日、月曜日。
仕事がちょうど早あがりで、
病院に行ってみよう!
と、心に決めていた日。
その日の朝は、
深いラズベリー色の、
圧倒的に美しい朝焼けが、
空を包み込み、
とにかく特別な感覚が、あった。
仕事中はずっと、
胸?
みぞおち?
あたりが痛くて、
何度も手でさすったりしていた。
仕事後、ぐったりと疲れてしまって、
お気に入りのお店でゆっくりとランチをとって心を落ち着かせ、
寄り道したりもして。。。
そうして、いったん自宅に戻ってみると、
いつも家にいるお母さんがいなくて
直感的に、
「行かなきゃ!!!!」
と。。。!!
急いで、病院に向かったけれど、
おじいちゃんは、病院に、いなかった。
「介護施設に戻った」
「これ以上は教えられない」
と言う、病院の受付係。。。
介護施設の電話番号を教えてもらい、電話をすると。。。
つい、2時間くらい前に、亡くなった、と。。。。。。。。。。。。
。。。。。。。。。。。。その後、
介護施設に向かい、
スタッフさんに事情を話し
おじいちゃんの名前を聞いたり、
写真をみせてもらったら
お母さんに似てる、とおもった。。。。
。。。。そして、わたしにも、ちょっと。
お誕生日が、T11。8。7と書かれていて
『いい花の日みたいで、可愛い^^』
とおもった。
お母さんが妹へしていた電話で、
火葬、と聞いていたから
「いま逢わないと、灰になっちゃう!」
と想って
介護施設のスタッフさんにお願いをして、
安置所へ連れて行ってもらった。
おじいちゃんの、
ほっぺたと、
おでこを触ったら、
ふわふわと、
柔らかくて、
ほんのりと、
まだ温かくて
涙が、とまらなかった。。。。
おじいちゃんに逢ったあと
大泣きしながら、家に戻り
今日の出来ごとをお母さんへ伝えたら
びっくりしていた。
「おじいちゃんに逢ってみたかったんだもん!!!!
お葬式だって、出たい!!!!!」
「◎◎◎(わたしの名前)には関係ないじゃん!!
変な子ね〜!!!」
と言われたけれど。。。。
(。。。わたしにとっての
実のおじいちゃんなんだから、
会いたい気持ち
お葬式に出たい気持ちは
変じゃないよね?)
。。。。お葬式に連れて行ってくれると
言ってくれたから
すごく、嬉しかった。
翌日の早朝、泣きながらしごとして
昼過ぎに自宅に戻ると
お母さんは出かけていて、お父さんだけがいた。
改めて、お父さんに、
「どうしてお母さんは、
自分の父親のことを、
わたしや弟に、
ぜんぜん話してくれなかったの?」
と聞いたら、説明してくれて
「そっか。。。そういうこともあるんだなぁ。。。」
と、まぁ、なんとなく、理解することが、できた。
わたしが働いていた午前中のあいだ、
お父さんとお母さんは、
お葬式の手続きに行っていたそうで
「『極々、内々の、家族葬で、
参列者は5人だけだから、と伝えたら
お坊さんも来てくれないと、業者に言われて。。。
本当は、お坊さんに来て欲しいんだけど、そう言われたから言えない』
って、お母さんが言うから、
俺から業者に、坊さん呼んでくれって、言ったんだよ。」
と、お父さんが言っていた。
お母さんの
自分の父親に対する気持ちは
通常の感覚とは
ぜんぜん違うけれど
お葬式には
ちゃんとお坊さんは
呼んであげたいんだ〜。。。
。。。って、おもった。
お坊さんも来ない予定だったお葬式、
しかも、なんと、
安置所と同じ場所で(なんか、倉庫みたいな、とこ。)
お葬式をやるというから。。。ビックリ!!
でも、お父さんは、
「何も、坊さんに拝んでもらうだけが、
供養じゃあないんだよ。
骨を焼いたあと、
そのままお墓に入れる、なんて話にもなってたから
それじゃあ、あんまりだから
俺が、うちに来てもらえばいいって、言ったんだよ!
。。。祭壇作ってさ、
い〜〜〜い写真、飾ってさ。。。
みんなで拝んであげれば、
それが一番の供養に、なるんだよ。」
と、わたしに、言った。
。。。。。。。泣けた。ウワァァ—–。・゚・(ノД`)・゚・。。—–ン!!!!
5月の23日、水曜日。
おじいちゃんが亡くなった、翌々日。
早朝、しごとに行ってから、
おじいちゃんのお葬式へ。
(たまたま、早朝出勤だけのシフトだったから
あえて仕事を調整しなくても
お葬式に出れた。)
「亡くなった日に、一度行ってるし、
ナビもあるから大丈夫!」
と言ったんだけど
お葬式の場所の、
地図を手書きで、
2枚も書いてくれた、
お父さん。。。!!
(普段からとっても世話好き。^^笑❤)
「かしの木のくね」って、ナニ????
『これが、かしの木のくね! ステキ=ッ☆*^0^*』
おじいちゃんが亡くなった日に行った時は
ぜんぜん気づかなかったけれど
樫の木のくね、とっても立派でした〜❤
お葬式は、
わたしの両親と、
お母さんの妹(=叔母のHiloちゃん❤)、
おじちゃん(=Hiloちゃんのだんなさん)
そしてわたしの
5人で参列。
わたしの弟も来たい、と言っていたけれど
そこはお母さんがダメと言ったから
これなくて、ざんねんだった。。。
(弟が可哀想!とおもったけど、
お母さんなりに色々氣を遣っていたことを、
あとから知った。)
倉庫のようなところで、
参列者たったの5人だけの、
お葬式。
お花も、
スペース的に、
2段飾りをいれることができず、
1段飾りの質素なもので。。。
だけど、そこに来てくれたお坊さんは
渡哲也を優しくしたようなお顔の
それはそれは、
とっても立派な、
お坊さんで。。。☆
まだ40代後半くらい(?)の
若いお坊さんだったけれど、
読経の声の響きが美しくて、
聞き入ってしまったし
説法も素晴らしく、
感動して、
涙が溢れてしまった。
お葬式のあと、
お母さんが、
直接、お坊さんに
「読経がほんとうに素晴らしかった!」
と声をかけていて
そういうお母さんを観ることって、
あんまりないような氣がして
びっくりするほどだった。。。
*^〜^*
わたしは
詳しくないのだけど
最近のお坊さんは、
火葬場まで来てくれないことも、
けっこうあるらしいけれど
お坊さんの方から、
「火葬場まで行かせてください」とおしゃってくださったらしく
ほんとうに、ありがたかった☆
。。。自分の父親が亡くなったのに
始終、あまり悲しそうではなかった
わたしのお母さん。。。。
。。。だったけれど。。。
おじいちゃんのカラダが、
火葬炉の中に運ばれ
火葬炉の扉がしまった途端、
突然、
嗚咽をあげて泣き出し
わたしのもとへ駆け寄ってきて
きつく、わたしの二の腕を、
つかんできて。。。!
『あっち(=おじいちゃんのこと。)は、
どうでもいいけど(←おいっ!!)
もしこれが、◎◎さん(お父さんのこと)だったらやだなって思ったら
泣けてっ、ひっくっ、泣けてっ、きちゃって。。。』
・゚・(ノД`)ヽ(゚Д゚。・ ゚・。*
。。。お母さんは、
性格が、
めっちゃキツくて、
あんまり、こうゆうところを見せないから、
良い光景を、みることができたなん。。。❤
。。。まぁ。
でも。
相変わらず、
『働きすぎたら、死んじゃうから
(お父さんは、畑仕事や実家の片付けが大好きで、毎日、明け暮れてる)、
暗くなるまでやらないで、早く帰って来なよ〜!!!』
とか言いつつも、
ちょっと
なにかあると
『やなジジイね!!qo`з´・)pプンプン』
とかゆって
口も悪いけれどね。。。笑
*^0^*にゃはは
。。。おじいちゃんの死は、
とてもツラくて
3日間、泣き続けたけれど、
愛を感じる出来事も
いっぱい、
いっぱい、
あって
ヨカッタと、おもう。
あと、逢いたい人がいたら
逢えるうちに、
出来る限り、会いに行こう!って
心から、おもったょ☆*^^*
あとあと、
話してみないとわからないことって
やっぱり、
あるね。。。!




