私は小学校低学年から8年間、ニューヨークとロスアンジェルスで暮らしていました。
アメリカでは、子供のお誕生日パーティーを盛大的に祝う風習があります。アメリカンスクールに通っていたある日、私の目の前で5~6人のブルーアイの女の子達が、話しているのが聞こえました。
“Naomiを誕生日パーティに呼ぶ?”
“Naomiがいても、おもしろくないよね・・・。私は、よばないよ。”
日本から来て英語がわからないと思って、どうどうと私の前で(Naomiを誕生日に呼ぶかどうか)の相談をするブロンドの女の子達。
私は、今でもはっきりとその風景を覚えています。
空気かのように扱われ、消えてしまいたいくらい悲しかったのです。
最近ふと気ずくと、この時と似たような落ち込みの感情がでてきて、(見たくない!)と何度も何度も蓋をしようとしている自分がいました。
それは、私が主催するランチ会のキャンセルが、相継いででたとき。
もちろん、やむを得ないご事情があったうえでのキャンセルだということは、大人の脳で充分に理解しています。
だって、私自身も予約して申し込んだセミナーやセッションに、やむを得なくキャンセルをした経験があるのです。
体調や気分がすぐれなかったり、もっと重要なイベントや人を優先したり、お金の出し惜しみだったり。
私1人くらいキャンセルしても大丈夫だろう・・・と。
私がいなくても、困る人はいないんだと。
お金を払うのは私なんだし。
と、主催する方の痛みを感じられずに、キャンセルをしていました。
この感情の奥底にあったものは、蓋をしていた少女の記憶でした。
“私1人いなくても、大丈夫なんだろうな。
どうせ、私の価値は重要じゃないし”
事務所という大きな所属先を離れて、自分でセッションやランチ会の主催をするようになって、初めて気がついたことがあります。
それは、ご予約をくださったお一人お一人が、奇跡の出逢いだということ。重要でない人は1人もいないのです。
ビジネスという大きなバリヤを超えた深いご縁があるように思えて、お逢いできるその日まで、再会できるその日まで、私はワクワクと胸を高鳴らせています!
そんな中でのキャンセルは、私の少女の心を引き裂くと同時に、幼い頃の記憶をよみがえらせて(もういらない価値観は、手放すべきよ!!)と、本当の自分にもどるきっかけをくれたのですね。
体験するということは、なんて素晴らしのでしょう

人間の脳は、分離という幻想を生みだします。
ワンネスの知覚を遮断するようにできています。
記憶や脳は、ワンネスを忘れさせますが、
魂は、常に偶然はないことや、人と人は役割を変えながら本当の自分を体験する道のりで助け合い、皆つながっているワンネスを思いださせてくれます。
先に約束したことを、何よりも優先させる信義と仁義。
人の痛みを感じとる女神の力。
官能美とは、対極である善と悪の狭間を自由にいったりきたりして、多面的な自分をありのままに楽しむこととお伝えしていますが、そこに仁義という人としての道徳心が加わるとどうでしょか。
絶望の淵から這い上がった人が、めちゃくちゃ強いように。
仁義あるヤクザが、めちゃくちゃかっこいいように。
あの自由な、峰不二子ちゃんがもし、人の痛みを知っていて仁義に熱い女性だったら、めちゃくちゃいい女になるように。
私もまだまだこれからだなあ・・・
と感じたちょっとだけ秘密なエピソード。
隠しておきたい少年少女の記憶や秘密。
実は、私たちの何気ない感情、言葉、行動の原動力になっています。
みずみずしい少女の感性だけは残しても、
もう傷つきやすい少女のままでいなくてもいい。
女神のように、大きな愛と美の輝きを纏って、本当の自分に一緒にもどりましょう♪
男性の参加も大歓迎です。
残席1名様。【ちょっとセクシーな魔女のランチ会】はこちら。
