あまね理樺です。


ただ今新幹線の中。
神戸へと向かっています。
★自分の内側に愛と光を見つけるワークショップ
ライトランゲージ
こちらのワークショップの打ち合わせです。
神戸・御影のギャラリーをお借りして行います。
個人セッションもあるので、ご興味ある方はこちらからご覧ください。

先ほどビィパッサナー瞑想の申し込みをしました。
止むに止まれぬ衝動というか、内なる私がどうしても参加したいと。
10日間、無言の行に入ります。
外部との連絡は一切不可。
まったく連絡取れなくなってしまうので、どうぞよろしくお願いします。
まだ先ですけどね。7月末から8月頭。
今日受付開始だったのです。
すごい人気であっという間に満席になってしまいます。
昨日、アリス・ベイリーのトランスヒマラヤ密教入門の講座に出て来ました。
「死」について書いてあるページだったのですが、死というものは、本当は始まり。
本当はそちらの方が主たる場所で、肉体を纏い現れる「今」の方が厳しい場所かもしれませんね。
肉体という限界の中で、有限の時を生きる。
それが肉体活動だからです。
誰でも時を経て老いていく。
その肉体的劣化の過程と、魂の成長と、そこに美とバランスを見出していく。
私は昨日の講義を聞いていて、死というものに対する自分なりのイメージが広がったのだけど、私の夢の中の出来事、身の回りに起きている出来事、そして、先日出会った臨死体験をされたお医者様のお話などを総合すると、死というものは、連続性の中に存在してるのです。
つまり、凄くザックリ言ってしまえば、
終わりなどない
「早く終わりにしたい」と言うことは、やはり無駄にそこの時間を引き延ばしているに過ぎないのだなあと思います。
人は、心地悪い瞬間を、なぜに永遠に続けたいと思うのでしょう。
そこにこそパラドックスがあります。
この感情、無力化ゲームに気付いた時、初めてそこから違う場所への選択肢が芽生えます。
そして、やはりそれは、今この瞬間からしか出発出来ないのだなと思います。
「今」という瞬間から「似たような今」を飛び回るより、もっと上の世界観を味わってみたいと思いました。
それにはやはり、感情の整理、許し、浄化が必要で、何かにこだわり続けている限り、そこからは抜けられないのだと思います。
もっと若い頃、テレビの凶悪犯罪の被害者家族が、「更生して立派に生きて欲しい」というのを聞くたびに、どうしてこの人たちは、相手を許してしまうんだろう?こんな酷いことをしたんだから、一生恨んでやると言ってもいいくらいなのに・・、と思っていたことを思い出しました。
もし、この人たちが一生憎み続けるという選択をしたなら、この人たち自身の魂が焼き尽くされてしまうということなのですね。
もっと上空はるか高く、宇宙からの視点で見たとしたら、この出来事さえ、魂が成長するための経験。これにパスしたいからこそ、何回も何回も試されるという出来事を作り出しているということでしょうか。
人間意識としてはたまったものじゃなくても、魂という視点から見たら、大きな浄化と、発展のルートなのかもしれません。
もちろん、そんなこと望まないので、そこまで大きな出来事を作り上げる前に、些細なこと、執着してるもの、そういうものをみーんな、手放して行こうと思ってます。
こだわりがカッコよかった昭和から、
こだわらないことがステキな新たなる世界へとどんどん移り変わっています。
さて、大阪、京都、神戸でのワークショップとセッションはこちらから確認してください。
また、東京のセッション枠も少なめなのでお早目のご予約を。
今日も佳き一日をお過ごしください
★ライトランゲージチャネラー
あまね理樺公式サイト
http://amanerica.com
