東北の旅続き高速を降りると本当にすぐ平泉はありました。
入り口の前のお蕎麦屋さんにクルマを止め、まずはランチ。
とろろの美味しいご飯をいただきました。
店のレジ付近には、震災被害者への募金箱が置かれていて、
私もこの旅のお礼に寄付をさせていただきました。
関山中尊寺。
金色堂が有名。とても風情のある場所だという。
そんな知識しかないまま、黒い柱の間を抜けずっと続く昇りの坂、
表参道月見坂をみんなで昇って行きました。
道の両側には、江戸時代に平泉を治めていた伊達藩によって植樹された
樹齢300~400年ほどの杉の並木が続いています。
この場所を通って行く。時空を超える。
栄華を誇った、平安の時代へ時間を越えて渡って行くタイムトンネルみたいでした。
しばらく昇って行くと、お土産屋さんの向こうにシンプルなお社が観えます。
弁慶堂。
ご本尊は愛宕地蔵尊(勝軍地蔵)、武蔵坊弁慶等身大の木造を安置しています。
お社の中仕切りは何もないので、そのまま観ることが出来ます。
ここでのんびりとしていたら、いつの間にか私たちはなおみさんとこどもたちとはぐれてしましました

その後も好きなだけ、すべてのお宮を観て回ったため、最後まで彼らには追いつけず・・・

平安貴族が住んでいるのではないか・・・そんな錯覚を起こしそうな建物がありました。
氣になり観ているうちにすごく知っている感覚。
この場所が平安時代に栄えた場所だという知識も持っていなかったのですが、
この門の向こうの生活が目の前にフラッシュバックして来ました。
朝清らかな日差しと共に目を覚ます、その時の感覚。
声をかけずとも当たり前の如く運ばれて来る朝餉。
それに何の疑問を抱くことなくすべてを受け入れている感覚。
束帯姿。
そして朝露の草々の中を草木を払いつつ、扇子を片手に散策している様子。
光と風の声に耳を傾けている。
遠くに聞こえる女性(にょしょう)の明るい笑い声。
今日の陽の高さを観察し、空気の色を観察し、それを歌にしたためて・・・
そんな風景を感じていました。
よかったな~、あの頃は・・・って思ってるよ(笑)
平安の時代にはなぜかこどもの頃から憧れがあります。
雅なる世界感。
なんの心配もなくただ美しきもの、をかしきものを素敵だと思い、
鳥や雲や自然と同調して、それを心に感じていた時代。
調和と平和に満ちていた感じがする・・・。
平泉の領地には金山があり、そこから産出された金は
唐の国(中国)との貿易に使われたり、京への献上品としても使われました。
これによって当時の平泉には、貴重な海外からの品も豊富に揃っていたそうです。
また、献上品として金や外国の貴重な品を送って政治を安定させ、
戦のない平和な世界を築こうとしたそうです。
戦のない平和な世界とは、『浄土』の事で、
平泉の大きな文化価値の一つである浄土思想に、つながります。
今もこの土地にはそのエネルギーが残っているような感じがしました。
貴族文化に憧憬の念を抱きつつ、本堂へ。
峯薬師堂。
不動堂。
光君たち大はしゃぎです。
私がこの旅で浄化されたからなのか、この旅のお陰で波動が整ったのか、
この場所に縁が深いのか、それとも旅のフィナーレのお祝いと喜んでいてくれているのか、
撮る写真撮る写真、まったく意図していないのに、光の写真が撮れる撮れる。
暗い場所でとっても屋根に光が入っていました。
鐘楼。
讃衡蔵には、中尊寺に伝わる文化財・宝物が収納されています。
仏像・経典・奥州藤原氏の副葬品など、3,000点以上が収められているそうです。
大きな仏像が3体、いきなり収められていました。
印を組む指が美しい。
金色堂の紹介ビデオを観て、いよいよ教科書で観た金色堂にお目にかかります。
金色堂とは、天治元年(1124)に上棟された金箔押しの阿弥陀堂です。
ここ、ただの建物ではありませんでした。
藤原氏三代が収められた、簡単に言えば『お墓』なのだそうです。
雨風を避けるため、建物の中にまた建物があるという感じになっていました。
そして、その周りをガラスで覆われて直接観ることは出来ません。
真ん中の須弥壇の中には、奥州藤原氏の初代清衡、向かって左の壇に二代基衡、
右の壇に三代秀衡の御遺体と四代泰衡の首級が安置されています。
その上に黄金の仏像が護るように安置されています。
真ん中に阿弥陀如来、観音菩薩・勢至菩薩、左右に3体ずつ地蔵菩薩が1列に並び、
最前列には持国天と増長天が破邪の形相で守護しています。
この仏像構成は金色堂独特のもので他に例を見ない貴重なものだそうです。
撮影は禁止されていました。

*画像をお借りしています。
確かにとてつもない金の量です。
でも、外の空気の方がいいわ(笑)
平安の末期、 100年の栄華を誇った藤原氏も頼朝の要請に耐えきれず、
匿っていた義経を自害に追いやります。
このことを理由に結局藤原氏は滅ぼされることになり、栄華の時は終わりを告げます。
「五月雨の降のこしてや光堂」
・・・栄枯盛衰の哀しみ。
「夏草や兵どもが夢の跡」
松尾芭蕉が後年ここを訪れた時に詠んだ歌だそうです。
その時思い浮かべていたのが、杜甫の詩、
国破山河在 国破れて山河在り
城春草木深 城春にして草木深し
感時花濺涙 時に感じては花にも涙を濺ぎ
恨別鳥驚心 別れを恨んでは鳥にも心を驚かす
烽火連三月 烽火 三月に連なり
家書抵万金 家書 万金に抵る
白頭掻更短 白頭 掻けば更に短く
渾欲不勝簪 渾て簪に勝えざらんと欲す
どちらとも中学生の頃からのお氣に入りの詩です。
諸行無常。
世にどんなことがあってもこうして何事もなかったように自然の営みは続き、
そしてそれは目に優しく美しいのです。
だからこそ心は乱れます。
最近よく口にしていたのが『好きなだけ旅して生きられたら幸せだな~』
なので松尾芭蕉は憧れでした。
そしたらこんな所で逢えるとは・・・。感激

光君たち喜んでるのか大スパーク

金色堂の奥に絵馬がたくさんかけられたお宮がありました。
菅原道真公だったと思います。
木の根の絡んだ階段を登って行きます。天空から光が入っていますね

ちゃんと神様が降りていらっしゃるんですね。
どの場所もみんな美しい光が入っています。
綺麗ですね~

旧覆堂。今の建物が出来る前まではこの中に金色堂がありました。
どの場所もとても美しいので拡大して観てみてください。
清々しい気持ちになれます。
なおみさんが待っていることを知りつつ、どこも外せない私たちは猛ダッシュで全部を観て回りました。
だって次いつ来れるかわからないもの。
一番奥の白山神社も能舞台もとても素敵だったです。
あの木、あれもすごくいいでしょ?
本当にあんな波動の木です。
ぜーんぶ波動高めで写ってくれてますね♪
大急ぎで月見坂を駆け下りて、でもどうしてもここに寄りたいと入った所で電話が。
「ちょっと遅れるからゆっくり来てください」

やっぱね。ちゃんとなるようになってるけろ

私たちが夢中になって遊んでいる間、休憩していたなおみさんは地図で義経の墓を見つけ、
そこに行って来たそうです。
よかったよかった

さて、予定よりも長居してしまい、やっぱり帰りは遅くなったねと笑いつつ、
高速をひた走り東京へと向かうのでした。
そう、ここはまだ岩手県~

東北の旅2013完。お付き合いいただきありがとうございました
みなさまにも佳きエネルギーが伝わりますように!
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