日々、昼間の眠気に誘われています。

2011年3月11日のブログ、アメブロに乗せてなかったので、過去ブログからです。

⭐️ここから、すでに今の職場にいました。書かれている部長はその数年後に亡くなっています汗

いやー、すごかったですね。 


東北、関東、どこも被害があったのでは? 

みなさま、大丈夫だったでしょうか? 

メールが上手に届かないので、心配なところもありますが。 


そういううちの職場も、プレハブみたいなところなので、かなり揺れました 


部長の家は海よりなので避難勧告が出ていたようで、危険は早く帰りたがっていたのですが、部長はノンキにしていて(SASのツナミを歌いだしたのには、呆れました)ホワイトディーのお返しとかいって、ロールケーキを買ってきたのですが、それを切って食べたいとかのたまわっていたので、津波にのまれろ・・・と心の中でつぶやいてしまいましたが(ロールケーキを切ったのは、私ですが・・・汗) 


それはさておいて、消防署や警察がきても、定時まで仕事をしていました。 

なんだかねえ・・・また、社長はどっか行っちゃってたし。 とっととかえしてくれればいいのに。 


おかげで、いつもは早ければ30分で帰れるのに、1時間半かかって帰るはめに。 


職場は停電ではなかったのに、なんと自宅は停電 ガーン

市役所の道をはさんで北側から、停電になっていて、うちの近辺も停電でした。 おかげで、家じゅうの懐中電灯を持って、部屋を移動することに。 

トイレに行くのも懐中電灯を持たなくてはならず、参りました 

懐中電灯も電池が切れていたりで、2つしか使えず、ラジオも最近は電気で聞いていたので、電池が使えるタイプのものは、押し入れの奥に入れてあったので、ひっぱりだしてやっと出しました。 


改めて教訓、ラジオと懐中電灯はいかなるときでも、出せるようにしておかないとならないということ。 


水道とガスは大丈夫だったんですが、暗くて食事の仕度はできないわ、近くのスーパーもコンビニも停電で、全部締めてしまっていたので、しょうがないのでカップ麺(買いだめしておいてよかった)を作って食べました。 


でも、腹ペコ&お風呂に入れないのに、耐えられない息子が、大騒ぎして実家に電話をしたところ、実家は特に被害がないので、急遽実家に疎開?しました。改めて電気のありがたさを実感しましたね。 


ケータイも通じないので(メールもヘンな時間にきたりしていました)娘は自力で歩いて帰ってきました。 


しかし、電気がなくなるとテレビはもちろん、こたつもつかないし、電気毛布もつけないし、ほんと、参りましたね。