金沢翔子さんの書家とお母様の子育てなどの講演を聞きに行きました。
こちらに書かれた通り↓
お母様は娘さんと一緒に死にたいくらい悩んだそう。
長いこと翔子さんのことをかくしていたとのことですが、書家の仕事もあったため、保育園に預けたり小学校も3年生までは普通学級に通われていたとのこと。
それからは特別学級、養護支援学校と通ったそうですが、普通学級に通わせたいことで先生ともめたことがあったりで、家で翔子さんに書家を教えたことがこの道の基礎になったとか。
高校を卒業時にまた先生とのトラブルもあったとのことで、就職を断念して書道家の道を歩ませることになったとも話していました。
お母様は芯がブレない強い性格で、頑固な部分があるのかしら?と思いましたが、それが娘を伸ばすチャンスにもなったんだなあ。
私も教育関係に勤めたことがあり感じたのですが、素晴らしい先生も多いのですが、不思議な先生も多い気がします。
人間ですからね、相性の問題もあるかもしれませんが、鵜呑みにして子供の人生を変えてしまうこともあるよなあと聞いていて感じました。←息子で経験しているので尚更感じました。
翔子さんを生んでから、ヤミの中を歩いているようだったようですがそこから光が見えたこと、翔子さんは魂がとてもキレイという言葉が印象的でした。
障がいを持っている方は、別の部分でずば抜けて才能があるというものもあるなと感じていました。ただダウン症は治らない病気。
翔子さんは障がいのため受験をすることもなく、一人っ子で人と争うこともなく、社会に生きるということもなく、明日への夢もなく、毎日24時間、人が喜んでくれることが生きがいとのことでしたがそれがキレイな魂を作り、幸せな人生とのこと。
お父様もかわいがってくれたおばさんも20年ほど前に亡くなっているそうで、親子二人きりなんですね。
私ごとで申し訳なく何度か書いていますが、我が家の息子は軽い知的障害があり、多動もありました。
ただ、これは年がいけばだんだん薄まっていく病気。大学にも通えましたし、今は普通に仕事も出来ています。
幼い頃から何があっても父に溺愛されていたこともあり、とても素直に育ちましたし、そういう部分では幸せなことなのかもしれません。
自分をよく知るということでは、息子の場合は幼い頃に言われ無き言葉の暴力をたくさん受けているので、自分のIQの低さや出来ないことの多さもわかっていて、毎回卒業文集では普通に暮らすとしか書いていませんでした。
夢があることも大切ですが、それより毎日を大切に送ることがどんなに大変で大切なことか最近つくづく感じています。
お母様、最後はちょっとプチ自慢がはいりつつ
?
来年に森美術館で書家としては、始めて翔子さんの展覧会を開かれると言っていました(もう言って良いのか?ですが・・・)天皇様のお言葉も書家として翔子さんが書いて石碑になっているとか。海外での展示会もされていたり、何があるかわからない世の中だと。
すごいなあと感じましたが、世の中のダウン症のお子さんはそんなラッキーな人生ばかりではないだろうしと、天邪鬼な私は思うのでしたが、忘れかけていた大切なことを教えていただける講演会でした。
以前、何かの特集で翔子さんが一人暮らしをしていると聞いていたのですが、なんと6年目になるそう。
障がい者の一人暮らしってすごいなと思いましたが、高齢化社会になって障がいを抱えて一人で暮らしている人は多いのですし、お母様事態70を超えているのですから(←余談ですが、私は母が21歳のときの子供なので孫を育ているような感覚でもあるかもなと。実際、翔子さんのお母さんはうちの母より年上でしたし・・・びっくり)独立させることも考えないとならないと思ったんでしょうね。
最後に翔子さんがダンスがしたいと、パプリカを踊っていましたが←自由だなあ![]()
なかなか上手でした!
色々なことを色眼鏡をかけず人の言葉など気にせず生きれたら、ラクなんだろうなと感じたお話でした。
イワシ好き?嫌い?
イワシ好きでも嫌いでもないかも。
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