4月8日月曜日

長女が、職業訓練学校に入校した



さすが、そのような学校…女子は少ないと思っていたが、全校で2人だけ…



まぁ娘のクラスは、発達障害と診断された子しか入れないクラスだから、他の通常普通クラスとは交流ないだろうから…




娘は、発達障害支援センターからすすめられて、この学校のサポート科に入った


それまでまったく知らなかった…



こんなところがあったなんてドキドキ


娘は、19年、いろいろ辛い想いをしてきた


わたしもたくさん壁にぶちあたってきた



どうしたらいいんだろうって悩んだ





けど、わたしは、娘が宝だったし、娘がちょっと普通より、学力がないと確信してからも一度も、なぜ?とか、思ったことがないのが自慢ドキドキ


ほんとに最初に学力が足りないとわかった小学一年生のとき


なぜか悟ってしまった…



『この娘は、(わからない)のだグッド!』と…




ごく普通に説明されても、この娘には、(わからない)のだと…





うまく言えないが、それを悟ったときに、わたし自身がすごく楽になったのだ


肩の力がすっと抜けた感じ




わかんないんだって理解すると、それまでのことも、そうだったのかと理解できたし、これからのことも、いい意味で(しゃあないじゃん)って思えた




だから小学校も中学校も高校も、勉強について、ああだこうだ言ってこなかったし、宿題の提出は守らねばならないことは、言ってきたが、中身については、わからないものは、仕方ないじゃんって感じで接してきた



それが良かったかはわからない



ほんとはもっと違うやり方でアプローチしていけば学力はついたのかもしれない…




けど、無理して学力をどうこうするよりこの娘ができることをすればいいと思った


例えば、名前が言える書ける

簡単な買い物が、できる

家に帰ってこられる

優しい声かけができる


挨拶ができる…など…





だから、毎日この娘が生きてるだけで十分だと思ってきた



楽しかった


この娘が娘で、長女で良かったと心から思った



たくさんのことにきづかせてもらえた



この娘がわたしの娘じゃなかったら、わたしは、未だに発達障害について知らないままかもしれない…



知れてほんとに良かった





ただ、就職したけどやはり難しくやめたとき、この娘がこれから生きていく道があるのかと一瞬不安になり、懸命に相談窓口を、さがした



必死だった




なぜなら、私たち親がいなくなったときを考えたから…




一人でも生きていけるようにしなければ


きょうだいはいるがそれぞれの道がある



だからこの娘が一人でも生きていけるように…



ただそれだけを願い、必死で探した




ヒットしたのが発達障害支援センターだったドキドキ




ほんとにいいタイミングでのいい出会いだった



感謝している




娘よ




あなたに家族以外に、支えてくれる人がみつかったよ




だから大丈夫グッド!




安心して前に進もうねニコニコ




半年間、いっぱい学んでいこうねクラッカー



ガンバ







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