聞いただけじゃ、
行動しなきゃ、出来ない。
でも、
行動したら、
いざというとき、
自分の中から、
出てくる。
それは、
『潜在意識化』されているから。
当たり前のものとして、
意識の深い所に、
刻み込まれてるということ。
そして、それは、
『当たり前』のことなので、
『思い詰めていない』状態で、
無意識化します。
・
わたしの英語できない件を例に。
小学校早い段階から
英語塾に通い、
高校一年まではいい感じだったのに、
高校二年の春、
友人関係でつまずき、
心のバランスを崩して失意のまま、
学校にいくのが苦痛になり
みるみる成績が急降下。
どんどん頑張りがきかなくなって、
自分の人生が
坂道を転げ落ちるように、
可能性が減ってしまうと恐怖を感じ、
満足に青春を送れない自分が
情けなくなったころ。
英語にも苦手意識がつきました。
勉強しようと思っても、
頭は不安や友達とのことでいっぱい。
意欲も減退してしまい、
気が散ってしまう。
そして、興味もたぶんなかったし、
英語を使って旅行にいくとか、
将来バリバリ使いこなしてるとか、
そういう目的が見いだせないくらい、
想像できないほど、
目の前のことに、
心も頭もいっぱいで、
希望のある将来がありありと
イメージ出来なかったんだと思います。
だから、
挫折した英語に、
『わたしには出来ないもの』
という認識がくっついてしまいました。
辛かったです。
で、
就職してから、
当然国際関係の仕事なので
書類も英語のものはあるし、
使える人は職域も広がる。
というか同期のほとんどは
仕事でも使いこなしてる。
なのに、わたしは
英語のメールに四苦八苦し、
そもそも使わなくてもいい仕事に
配置され、
外国の人の電話がかかってくると
すぐ人に転送してました。
少々お待ちください
just a moment please
だけはお手のものです。
一念発起して、
英語教材を買い込み、
時には英語教室に入会するも、
コツコツやらないといけないことが
苦痛で、すぐ挫折。
またもや教材だけが手元に残ります。
いくら使ったでしょうね。。
次こそは、
と思うけど、
やっぱり挫折。
挫折というと聞こえはいいけど、
教材買っただけで満足するだけだったんです。
就職してから、
数度、転職を意識しましたが、
潜在的に、
英語がだめな自分というのが
引っ掛かっており、
自分の可能性を狭めていました。
国際物流をやっていたと言えば、
絶対英語ができると勘違いされるし、
聞かれる。
ましてや駐在していたとなれば
その国の言語もできるんですかと
言われる。
当然です。
でもですね、
実務上は、
できなくても何とかなってたんです。
出来ないことを威張れないですが、
出来る人や現地の人と協力しあって、
サポートしあうことで切り抜けてきたので、
わたしは、
『他の人の得意』に、
生かされてきていたんです。
自分に向き合うまでは、
『英語』は、
『だめな自分の代名詞』。
やっておけばよかった
でも頑張りきれなかった
あのときの転げ落ちる感覚は怖かった
いつもそれが甦る思いでした。
ですが、
今は、
どーでもいい
というか、
まったく気にならないんです。
(おい、コラ)
サラリーマンとしては、
上長にはなんか嫌みを
言われたりもします。
けど、
それがどーした、
と思うし、
たぶん言い返してます。
周囲に話せる人が多いですが、
そういう人ほど、言う言葉があります。
『英語できるとか語学力が
大事なんじゃなくて、
伝えようとする姿勢があるかどうか』
だと。
そこから、
勘みたいなものが養われるんであって
どうにかなってるっていうのは
それでいいんだよと。
そういえば、
新入社員たちも言ってました。
ハーフの人とか語学が出来る人たちが、
全く同じことを。
そうか、姿勢か。
念じれば、伝わる。
じゃないけど、
伝えたい、と思う姿勢。
それが伝わってるんだな。
やっぱり、『思い』が大事。
目に見えるもの以外に、
姿勢や雰囲気なども全霊で、
響きあって伝わっていくんだろう。
・
話が大幅に脱線しました笑
出来ない英語をあきらめて、
駐在後に、
現地で中国語(北京語)を
ならい始めるんですが、
語学挫折というトラウマと、
元来のめんどくさがり、
すぐできるようになりたいと
あせった結果、
無茶な計画を立ててまた挫折、
土日を含めほぼコンビニ状態の勤務だったので、
結局学習は続かず。
帰国してなんどか通っていましたが、
サバイバル中国語の域を出ませんでした。
言い訳をすると、
駐在先の上海は、
上海語という方言で、
方言といっても北京語と全く違い、
スタッフや町中で話されてる上海語が、
全く理解できずにいたこと、
全力カタコト中国語でも、
またしても
『何とかなった』こと。
もはや味をしめていたんですね。
でも、
中国語という初めての言葉をやるとき、
英語の挫折という、
マイナスからプラスへ
向かわないといけない『ビハインド』
を感じることなく、
まっさらな世界に行けるという
そういう気楽さがあり、
挫折しただめな自分を感じることなく、
気負いがまったくなかったです。
それがいいのか悪いのか、
当然ながら、
日本にいて使うかどうかもわからない
単語を覚えることに必死だった
英語とは違い、
すぐに使いたい、
使わないといけない言葉を
中国語の場合には学ぶので、
利用頻度は圧倒的に多いし、
実生活に即していたんでしょう。
外国にいって、
とっさの瞬間に、
出てくるのは英語じゃなく、
中国語なんです。
あれ?
別に中国語もほぼ出来ないし、
英語だって第二外国語で
一応やっていたはずなのに。
あの月日は一体。
ということは、
実生活に即して、
意識してやっていることは、
知らないうちに、
体の中に染み込んでいるんですね。
人の無意識(潜在意識)って、
何度も何度も行動して、
当たり前のレベルになると、
普段は忘れているけど、
意識の深いところに刻み込まれてる、
そんなものだそうです。
自転車に乗れるようになるとか
小さい頃に覚えた歌を歌えるとか。。
わたしにとっての少年隊みたいなものです笑
と、
言うことは、
行動するっていうと、
なんか体が固まってしまいそうな
そんな気持ちに襲われちゃいそうですが
要するに、
無意識に刻み込まれるように、
触れていたり、
繰り返せばいいというだけのこと。
書いちゃうといとも簡単だし、
『それができたら苦労しないわ』
って思うんですが、
行動する、
ことに、
マイナスの意味付けが
くっついちゃってるから、
嫌々やることになって、
定着しないんですよねえ。
ここで紛れもない事実なのが、
『行動』と『定着』。
わたしのつたない中国語ですら、
そうでした。
おいこら、もっと勉強しろって
感じですが。
行動を嫌々やっても苦しい。
罪悪感を持つばかり。
なので、
『行動する意味』
『それをしたい理由』
を、
自分の中から、
楽しくくっきり、
感じちゃいたい所です。
それにはもう、
自分の気持ちを吐き出して、
どうしたいのか、
どうなりたいのか、
研ぎ澄ませて、
体に感じさせること。
残念ながら、
わたしの『やりたい』のなかには、
語学は入っていません。ちーん。
その代わり、
コーチングや、
人の心の動きかた、
それに由来するNLP(神経言語プログラミング)には、
情熱を注ぎたい思いがあります。
だから、どんどん実践したいし、
新しく学びたい。
コーチング教室の構想や、
脳と言葉を使いこなして、
なりたい自分になる講座の構想もあります。
なぜこんな強い動機を持つかというと、
自分が、自分の気持ちがわからなくて
何もかもうまくいかなかったとき、
コーチングや、
脳と言葉、意識の仕組みを知って、
これまでの自分のパターンが、
『うまくいかないパターンだった』
だから、変えていけばいいんだと
思えたこと、
そしてその技法で、
コーチや講座の仲間とともに
ホームのような場で自分に向き合ったら
悩んでばかりだった自分も変われた、
だから、
同じような気持ちの人にも
絶対大丈夫だよと伝えたい
そういう思いがあるからです。
要は、
『自分のわき出る思い』
に従い、
無視しない、
ということ。
そして、
『無駄な抵抗はしない』。
なにかができなくても
いいじゃないですか。
と、
割りきりにくいものなんですが、
(わたしもできなかったです)
出来ないし、と、
認めて、降参して、
楽になった瞬間、
すごく身に付けたかったら、
『やるしかない、やるだけなんだ』
と思えるんです。
プライドというか、
出来ない自分=ダメ
と思うから、
嫌になってしまう。
自分がダメ
って思うエネルギーって、
すんごく辛いんです。
だから、
最初から出来ない自分で、
オーケーにしてみる。
苦しいかもしれないけど、
『いったん諦めてみる』
そこからは、
おめでとうございます。
まっさらなわたしたちになれるので、
『あとはやるだけ』。
まずは、
絶望して、
諦めちゃうところから~
これ、
おすすめです。
