簡単に離婚の経緯を
因みに細かい実情などは割愛ですが、「女・金・暴力」の類は一切ありません、結婚生活はおろか交際期間にしても。証明は出来ないですが苦笑。
私は所謂 恋愛結婚 でした。前妻とは以前から知っていた関係で、久しぶりに会った事が切っ掛けで交際開始。
◯◯歳までに結婚したい という思いはありませんでしたが、結婚願望は有りました。自分の中で適齢期だったこともあり、そのまま3年程を経て求婚しました。
確かに覚えていることとして「この人と結婚したい/この人でなければいけない」とは思いませんでした苦笑。
離婚に至ったから言うのではなく、当時 私の中での結婚とはそういうものでした。「誰とするか」よりも『どう在るか』の比重が大きかったからです。
夫婦生活が送られる中で「結婚してから何かが変わった」ということもありませんでした。私の中であまり線引きがなかったんですかね。
良くも悪くも結婚相手のように交際していたといえますし、交際時と変わらず結婚生活を送っていたともいえるかと。
私の中で一番反省していることは「結婚したら相手が変わる」と思っていたことでした!大いなる矛盾、自分は変わらないのに苦笑。
例えば前妻は小さな事で嫉妬心を抱く人だったのですが、流石にそんなものは結婚すれば無くなると思っていました…結果は勿論 相手も変わりませんでしたね〜。
これは後から分かったことですが、前妻も私に対して同様であったとのこと。「あんた(私のこと)が変わると思っていた」と、そりゃ上手くいく筈がないですね苦笑
「離婚じゃ!」と引き金を引いた出来事ではなく、時間を掛けて考えた原因の一つとして「お互い自分が合わせていると思っていた」というものがあります。
私は基本的に合わせる性分です。またそれに対して基本的に不満は溜まらない。
自分が9割合わせていると思っていました、恩を着せている訳でも正当化したい訳でもなく。それが自分達の自然な在り方と思っていました。
しかし
前妻からも全く同じ言葉を放たれました苦笑
そりゃ上手くいく筈がありません苦笑(2回目)
ひとつ代表的な出来事として新居となる賃貸探しがあります。地域・価格帯・設備、どれも折り合いがつかなかったので、私が折れて部屋を決めました。
その後、夫婦間に不協和音が鳴り始め、とある日に前妻から放たれた言葉
「新居だって私が合わせてあげたんやん」
そりゃ上手くいく(略)
相手の事を分かっていなかった、或いは自分の事を伝えられていなかった、最早お互いが自分の事すら分かっていなかった、表現は様々ですが結果としては思い出される負の出来事 全てに納得がいった次第です。
「あれもこれも上手くいっているように 見せていた/一方的に思っていた」のかもしれません、相手の事を考えられていなかったのでしょうね。
減点方式に陥ると、日常生活で加点される事柄なんて殆どないでしょう、「及第点=0点」になる訳ですから。やり直そう・改善しよう と思える事はなく離婚へ進みました。
初めてこういった事を書きますが、中々どうしてキーボードが止まりまへんな笑。然し乍らとても整理して考えられます。
本当に簡単ですが離婚に至るまででした〜因みに今回の 私事 は想い人についての部分がメインですので笑。「この年齢 或いは 自分の状況 を踏まえて新たに恋愛する」ということ自体についても色々と考えますが、今回は割愛で。
次は恋愛観といいますか交際歴といいますか、そのようなことをまとめたいと思います〜!
