文章プロデューサー大竹ひろこです。今日は私が感じたことを熱く書き連ねてみようと思う。
 
 
なかなかの長文なので、読むための時間を少なくとも7分は用意してもらいたい。
 
 
 
準備はOK??
 
 
 
さて今日は、埼玉県深谷市にある『お茶カフェもちりん』にて、第69回【成功する妄想が止まらないお茶会】を開催した。参加者は4名。当初の4名とは1名入れ替わっての満席。ありがたいことである。
 
 
 
その「参加者入れ替わり」が、開催した後「だからか」と私は納得することになる。講座やイベントを開催する度、「だからこのメンバーだったのか」とよく感じる。もれなく今日の会もそういうメンバーだったのだ。
 
 
 
ルールはいつもと同じ。なりたい自分になりきって会話をする、というそれだけの会である。お茶会の名のとおり、「成功する妄想」が「止まらない」状態で話をする。話したくて仕方がない、そんな風にみんなが語りだす会だ。
 
 
 
ところが今回は、「誰もがなかなか話し出さない」状態からスタートした。ところが、と書いたが、こういう回は少なくない。自分の妄想はみんなに受け入れられるのか? そもそも自分はそれを心の底から熱望しているのか? そのことに自信が持てず、みな苦悶の表情を浮かべるのだ。
 
 
 
せっかく「成功した自分」を妄想してその姿を人様に披露できるチャンスだというのに。彼女たちはなぜそれを話そうとしないのか? 【成功する妄想が止まらないお茶会】という名のお茶会に参加したいと願った時点で、自分の話をすることはイメージができているだろうと思うのに。私はいつも疑問に思う。
 
 
 
それともそんなイメージなどなく「なんとなく楽しそうだから」という直感で参加するのだろうか? 自分が参加者になったことがないのでわからない。次回そのあたりを参加者に直接聞いてみようと思う。
 
 
 
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ひとりが話すチャンスは何度もある。「まずは誰からいきますか?」私の問いかけを無視するかのように、みな私から顔をそむけて下を向く。私にダメ出しをされることを危惧しているのか、話したくなさそうである。
 
 
 
今回はリピーターがいたので、彼女の話からスタートすることにした。前回の妄想を振り返る。その時に、過去の開催回でどんな話が出たかを私も語る。ここではなるべく「突拍子もない話がでた回」と「後に妄想が実現した回」のことを話すようにしている。そうすればみんながイメージしやすくなるだろうことを願って。
 
 
 
そして、最初の人の話が始まる。(妄想では)どうやら自分がしたいことを実現したようである。なのに彼女の顔は張り付いたような笑顔だ。(妄想だけど)それは本当に願っていることなのだろうか? 聞いている側の表情は硬い。場が盛り上がらない。私が突っ込む。彼女は変な笑みを浮かべ、言い訳するかのように話をつづける。だがやはりみんなの表情は硬いままだ。
 
 
 
「え?妄想お茶会ってそんな暗い場なんですか?」そんなツッコミが聞こえてきそうだが、これは真実であり、妄想お茶会の序盤では頻発することだ。だから私だけは平然としているが、参加者の表情には明らかに不安の色が伺えた。この瞬間が私は好きだ。後にこの不安の色が、バラ色の笑みに変わると知っているから。
 
 
 
話は二人目に突入する。彼女も(妄想では)自分がやりたいことを実現しているようである。彼女は何度も言う。「サロンでお客さんのおなかを触っている」と。「それが好きだ」と何度も言う。一見楽しそうに見えるが、その笑みには硬さが感じられる。
 
 
 
聞いている4人は無表情。心の中で全員が「へー」と一本調子でつぶやいているのが目に浮かぶ。それを見て話し手は焦る。焦って「夢を実現した話」をつづけるが、聞き手の表情はどんどん暗くなっていく。
 
 
 
これが妄想お茶会恒例の負のループ。早くも始まったな、と私はひとり興奮する。この瞬間も、実は割と好きである。
 
 
 
そうして三人目の話が始まる。このお茶会は、話し手が設定する「○年後」に再会した体で話を始める。友達と久しぶりに会った時、あなたはどんな風に話し始めるだろうか? 彼女はこうだった。「私には今していることが3つあります」
 
 
 
まるでビジネスの場でプレゼンをしているかのような話っぷりだ。聞き手の表情には困惑の色が伺える。話し手はそれにいち早く気づく。だけど話は止められない。具体的な映像がないまま、話はつづく。私が突っ込む。彼女は焦る。そして笑う。ダメだ、イメージできません、そうして一度話すことを諦める。
 
 
 
こうして3人が次々玉砕する中、4人目の彼女だけは冷静な分析を試みていた。「それはどういうことなの?」「どうしてそう思うの?」私以上に鋭いツッコミを浴びせかける。妄想お茶会ではこういう「判断基準を持つ」人がよく現れる。私は彼女を「先生」と呼び、誰かの話にみんなが納得しているかどうかの判断を任せることにした。
 
 
 
そんな余裕の表情だった先生が話す番になった。さあ、先生はどんな話を展開してくれるのだろう?
 
 
 
先生は数年後、(妄想で)講演家になっているそうだ。深谷市が企画する講演会に呼ばれて、何かしらの話をしているらしい。会場は500名満席。1時間の講演。何を話したのかを尋ねると、なぜか話を逸らされてしまう。どんな肩書きで講演をしているのかを尋ねても同じ反応。聞き手の私たちは満席のホールに彼女が立って話をする姿まではイメージできたが、彼女の様子まではイメージできない。具体的な要素が足りないからだ。
 
 
 
そうして先生のターンは終わったが、他の3名が「現実にそくした」内容だったのに対し、先生だけは少し「今からは想像できない」姿を披露してくれた。
 
 
 
私は直感した。「これで流れが変わる」さすが先生!心の中で拍手をする。こういうキーパーソンがいてくれると、私はすごく安心する。
 
 
 
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そして、二巡目に入る。私はみんなにこう伝えた。「現実にそくした話ではなく、なるべく『すんごい話』でいこう」と。
 
 
 
例えば売上目標を立てる時、月に30万円ほしいと考えたら、目標金額を「30万円/月」と決めるのか、その倍の「60万円/月」と決めるのか。それだけで結果は大きく異なることを話す。妄想も同じ。大きめで話しておけば、実現の可能性は倍々ゲームで広がる。それを熱弁する。
 
 
 
それともう一つ。「嘘はバレる」という話もする。一巡目で彼女たちはそれを肌で感じたとは思うが、あえて口に出して確認する。さらに私は言う。「本当のことを話してほしい」この場は初対面の人ばかり。関係性はほとんどない。だからこそ「実は……」という話ができるのだと私は諭す。妄想お茶会の狙いは、実はそこにあるのだ。
 
 
 
一巡目の話を聞いて私は、先生を除いた3名の話が「本音ではないだろうな」と感じていた。正直に言ってしまえば、彼女たちの話は「よくある話」だったし、何より聞いている側が興奮しない。これが全てなのだ。
 
 
 
誰かが心から望むことを話す時、聞き手は興奮するのが世の常であり、「この人はなんて楽しそうに話すのだろう!」その場の全員がそう感じてしまうものなのだ。それを私は過去68回の開催経験で誰よりも知っていた。早く彼女たちにもそれを味わってもらいたい。私は心の中で切に願う。
 
 
 
そして、運命の二巡目。ある人が気付いたのだ。「私、気付いちゃいました」彼女の口から出た言葉に私は衝撃を受けた。「さっきの話はやりたいことを達成した話でした!」「やり切りました!」
 
 
 
晴れ晴れとした表情で彼女は言う。最初の話で語った「成功話」は未来ではなく現実の話だったのだ。それに彼女はいち早く気付いた。「よっしゃ!」私は心の中でガッツポーズを取った。ここからさらに、場の空気は変わるだろう。
 
 
 
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※左端のどアップは店主もっちー
 
 
 
そうして彼女の話はまるで違う内容に変わっていった。一巡目では仕事の話しか出なかったが、二巡目には「愛」の話が登場した。
 
 
 
その愛は、家族や大切な人を思う言葉に満ちあふれていた。そうか!彼女はそれがしたかったのか!その場の誰もが一瞬にしてそれを理解した。晴れやかな表情で話す彼女の姿に、誰もが心を動かされる。そういう瞬間が、この場にやっと訪れた。
 
 
 
そこからは後の3名も同じ流れとなっていった。ある人は、カフェのテーブル上にある砂時計を見て、小物への愛を語り始める。
 
 
 
ある人はある日見た益子焼に心打たれた話をする。あんな器を自分で作り、それを使ったカフェを開きたい。そんな話も自然と出てきた。私は彼女にその店の名前を尋ねた。だけど彼女は考え込むばかり。
 
 
 
そこで私は、その場で思いついた言葉を次々彼女に投げかけてみた。佐野市だから「さのカフェ」和がお好きだというので「さの喫茶室」思いついたら口にする。「和」という言葉から「わさび」が頭に浮かび、何気なしに伝えてみる。すると、彼女の目が大きく見開いた。「わさび!」
 
 
 
かつて静岡を訪れた際、水がきれいなところでしかわさびは作られないという話を聞き、感銘を受けたことを瞬時に思い出したと彼女は言う。
 
 
 
店の名前はわさびに決まり、字面の話になる。「和 sa 美」こんな文字が私の頭に浮かんだ。こうしてお店の名前が作られ、店の外観や内装の話へとつながっていく。何たる楽しさ。キラキラした瞳で顔を上げて話す彼女の姿に、聞き手は嬉しくなってくる。「彼女はなんて楽しそうに話すのだろう!」その瞬間がまたもやこの場に訪れた。
 
 
 
ここまでくればもう大丈夫。本心を語ることへの抵抗を誰もが捨て、「実はこれがしたかった」だけの世界になる。
 
 
 
別の彼女は「お家騒動」の話をしていた。家族の思惑? 自分への期待? 妄想ではそれらがない世界へと旅立ってもらった。
 
 
 
本当はこれがしたい、という話を彼女は少しずつ話に交える。「あ〜!それだったんだ!」みんなにそう思わせたところで、さらなる「実は」が始まったりして、みんながずっこけるシーンもあった。みんなが思い思いに話をする。場は相当に熱い。
 
 
 
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こうして、全員が「実は」という本心を語ることができた。みんな表情は晴れやかだ。中には話しながら涙を流す人もいた。これも妄想お茶会の恒例。本心を話せた時、感極まって涙を流す。これは人が持つ本能なのだろうと私は思っている。
 
 
 
冒頭に少し触れた「だからこのメンバーだったのか」の理由は、ある人とある人の状況がすごく似ていたという点である。入れ替わったメンバーと元々の参加予定のメンバーの状況が似ていたので、そういうことだったのかと思った次第である。メンバーが入れ替わったことにもちゃんと意味があるのだ。
 
 
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お茶カフェもちりん店主もっちーお手製のランチを食べながら、「駐車場にした土地を掘り返して新居を建てる」「再婚して3つの拠点を飛び回る」など、「これがしたかった」話を具体的にしていく話が飛び交う。名残惜しいが、こうして妄想お茶会は終了した。
 
 
 
 
 
最後に集合写真を撮った。
 
 
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今回の妄想お茶会を振り返って、私はこんなことを感じている。まず、「みんな、小さな幸せに目を向けている」ということ。次に「みんな、本当にしたいことを胸の奥に秘めている」ということ。
 
 
 
人にはそれぞれ家族や友達など、本心を話せる相手はいると思う。だけど身近な人だからこそ、言えないこともあるのではないかと思うのだ。
 
 
 
それを踏まえると、この妄想お茶会では「初めて会う人」同士が話をするので、身内のような遠慮をする必要がないのだ。そりゃ自分以外の人がどんな人かがわからないので最初は不安かもしれない。だけど前述のように、話していけば人というものは見えてくる。
 
 
 
集まったメンバーに「安心」を感じたらもう大丈夫。本心をさらけ出し、泣き、心の底から大きく笑う。私はこの【成功する妄想が止まらないお茶会】のよさはそこにあると感じている。
 
 
 
「言えないこと」を抱えている状態の人に、それをさらけ出せる場を作ってあげたい。私はそんな思いでこのお茶会を開催している。気付けば69回もつづく人気シリーズとなった。
 
 
 
最後に、参加してくれたみんなに感謝の心を捧げたい。
 
 
 
あなた様に会えてよかった。あなた様の本心を聞けて心から嬉しく思う。人との出会いの素晴らしさを感じることができた。本当にありがとう。
 
 
 
そして、場を提供してくれたもっちーにも最大の感謝を!
 
 
 
こんな長文をブログに書いたのは何年ぶりだろう? 私の中にはこんなにも熱い思いがあった。それに気付かせてもらえたお茶会だった。
 
 
 
次回はいつ開催しようか?
参加したい方は遠慮なく私に連絡してください。
 
 
 
最後まで読んでくれた読者のみんなもありがとう!
そして読了、おつかれさま!!