文章プロデューサー大竹ひろこです。
文章ひとつで人生上向き!
書くことは、生きること。
生きることは、書くことである。
格言っぽく書いてみました。
私の言葉です。
昨夜、またまたライブ配信を行いました。
「子どもにどう伝えれば自分の気持ちが伝わるか?」
こんなテーマで小一時間話をしました。
話をしていて思ったのです。
私はこれまで多くの子ども達を相手に、
読書感想文講座を開催してきました。
その時の子ども達がどんな様子だったか?
子ども達が書いた文章がどうであったか?
動画ではそのあたりについても話しています。
子ども達が書く読書感想文は、
半ば強制されて書いたものであることがほとんど。
「読書感想文が大好き」というお子さんは、
私が知る限りごくわずかです。
たいてい、書かされている。
だけど。
はじめは書かされていたはずの感想文が、
次第に「書きたい」ものに変わっていくようなのです。
それは見ていればわかります。
小学校低学年の子どもたちは、
そもそも「字を書くこと」に精一杯です。
「あ」という字を書くだけでも、
大人より時間がかかるのです。
だからせっかく頭の中にいろんな思いがあっても、
書く手が追いつかず、グズグズしてきます。
その気持ちは私もよくわかります。
今頭の中にあることは猛スピードで認識されているのに、
今この文章を入力する手が、全く追いつかない。
文章を書くという行為には、
「何を書くか?」を認識することと、
「文字を書く」という2つの作業があります。
これが同時にできればそりゃあいいのですけど、
そんなことはできません。
音声録音?
それはいいかもしれませんね。
だけどたいていの場合、
書く時は鉛筆で書くかキーボードで入力するかのどちらかです。
文章を書く。
それは大人も子どもも同じです。
自分の胸の中や頭の中にあることを、
文字にすることで人に伝える行為です。
そのスピードが遅いか速いかは、
人によって異なります。
大人と子どもでも違うし、
大人同士でも子ども同士でも違う。
子どもに文章を書いてもらいたいと願うなら。
まずその認識を持つことが、
大人の務めであろうと私は考えます。
文章を書くという行為には、
「何を書くか?」を認識することと、
「文字を書く」という2つの作業がある。
これを同時に行うことはできない。
それも認識するとよいでしょう。
何事も、段階を経て。
ひとつひとつ、積み上げる。
そうして出来上がったものこそが、
人の心を打つことでしょう。
サグラダ・ファミリアあたりを思い浮かべるとよろしいのではないでしょうか。
(期間が長すぎるか!)
書くスピードは人によって異なる。
遅くたっていい。
速くたっていい。
書くことの目的は、
自分の胸の中や頭の中にあることを、
文字にすることで人に伝えることなのですから。
文章を書くことに関しては、
大人も子どもも同じです。