文章プロデューサー大竹ひろこです。

文章ひとつで人生上向き!
 
 
 
そういえば。
 
 
 
私は彼から、
「〜した方がいい」
と言われることが少ないと気付いた。
 
 
 
食べすぎた〜と言えば、
「もっと食べていいんだよ」と言われるし、
 
 
 
どうしたらいいかわかんない〜と言えば、
「今のままでいいんだよ」と言われる。
 
 
 
だいたいにおいて、
今の私でいいと肯定されてしまう。
 
 
 
「肯定されてしまう」と書いたのは、
否定されたい時にもそう言われてしまうから。
 
 
 
ちがうよそうじゃないよ、とも言われるけれど、
それは「俺が言ったのはそういう意味じゃないよ」ということであって、
私の否定ではないのである。
 
 
 
「〜した方がいいよ」
彼からそう言われたことを、
私はひとつも思い出せない。
 
 
 
だけど一歩外に出れば、
「〜した方がいい」は世にあふれている。
 
 
 
ちょっと歩くだけでもう、
子どもを叱りつける母親の声が聞こえる。
 
 
 
「〜した方がいい」どころの騒ぎではない。
「〜しなさい!」と命令形である。
 
 
 
あれはすごく嫌だ。
聞いているこちらが嫌な気持ちになる。
 
 
 
私には持論がたくさんある。
 
 
 
その中のひとつに、
「人は誰でも自分で決めたい生き物である」
ということがある。
 
 
 
誰でもと書いたのは、
年齢が関係ないことの強調である。
 
 
 
生まれたての赤ちゃんだって、
好きな時に好きなことをしたいのだから。
 
 
 
三歳児だってそうだし、
五歳児だってそうだし、
小学生だってそうだし、
中学生だってそう。
 
 
 
高校生なんて尚更そうだし、
大学生も社会人も、
主婦も社長も誰も彼も!
 
 
 
み〜んな自分の好きにしたい。
 
 
 
だからみんな本当は、
「〜した方がいい」だなんて、
誰からも言われたくないのである。
 
 
 
ただ、
お金を払って何かを学びたい時。
この時ばかりは言われたい。
 
 
 
だけど、
先生以外の人から言われるのは嫌なはずである。
 
 
 
よく、
先生でもないし相手に求められてもいないのに、
「〜した方がいい」と言い出す人がいるが、
私はそういう場にいることが嫌いだ。
 
 
 
人のことを考える余裕があるのだろうけど、
まあ、余計なお世話であろう。
 
 
 
もしも言われた方が笑顔でいたら、
それは100%愛想笑いであろう。
 
 
 
心の中では「うるせー」と思っている。
 
 
 
ということで。
 
 
 
基本的に、
相手から求められない限り、
「〜した方がいい」という表現は避けることをお勧めしたい。
 
 
 
私もすごく気をつけている。 
 
 
 
その点、彼はすごい。
 
 
 
身近にいる彼から私は、
この部分をすごく学んでいる。
 
 
 
ちなみにこれは、
文章でも同じである。
 
 
 
「〜した方がいい」と
そう書かずにそれと感じさせる。
 
 
 
そういうスキルを身に付けよう。