文章プロデューサー大竹ひろこです。

人生変えたきゃ文章を変えろ〜!

 

 

私は自分が書いた文章が好きです。

この世の誰の文章よりも好きです。

 

 

ちょうど2年前、

私はこんな記事を書いていました。

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これこれ。思い出すわあ、あの頃を。

 

 

この頃、たしか宝くじが1万円分当たったんですよ。めっちゃすげー!と興奮してFacebookに投稿したら、「私は10万円当たりました」なんてコメントが来て「なんだこいつ」と思ったんですよ。たしかそれをきっかけに上記記事を書いたんだったと思います。

 

 

とは言え、今はそういったマウンティングコメントをされても何とも思いません。なぜなら上記記事の通り、その理由がわかったから。むしろ「キタキター!どんな風に返してやろうか」と意気揚々、相手の2段3段上をいくコメント返しに命をかけていくわけです。

 

 

最近、すごく思うこと。

 

 

それは、

「みんな好きにやりなよ」ということ。

 

 

自慢だってなんだって、自分のメディアでなら書いたっていいじゃないですか。それを見て「何自慢してるのこの人〜?」って思う人は勝手に去っていくわけですから、そんな人ほっとけばいいんですよ。とにかく自分のメディアで書く。好きに書く。他人のメディアに乗っかるのはその後にせえ、と私は言いたい。

 

 

自分のメディア、SNSで言いたいことを言えないくせに、人の投稿にのっかるなんて卑怯だと思うんですよね。とにかくまずは自己主張。そうして初めて「あんたはそうなのかい?」と他人の意見に目を向ける。これじゃないかとあたしゃ思うわけですよ。

 

 

このことは、2018年9月に訪れたニューヨークで強く感じました。彼らは自己主張のかたまり。例えば、ドラッグストアのレジ係。真っ黄色の長〜い爪で、ゆっくりゆっくり商品を袋に入れる。品質の悪いビニール袋はすぐに破け、なのにそれをどうとも思わないのか、商品が入ったビニール袋をさらにビニール袋に入れ直す。さらに商品をのったりくったり入れていく。また破ける。また新たなビニール袋に入れ直す……。

 

 

「お前は何をしとるんじゃーい!」そう叫びたいが、英語でなんと言っていいかわからずただ黙る、小心者の日本人ぴろこ。あるショッピングセンターのレジ係の女性は完全なるフルメイクで私を出迎……いや、出迎える気などさらさらなく、それどころか私の姿を一度も見ることなく、ニコリともせずのろのろとレジを打ち、これまた長〜い爪でのろのろ商品を袋に入れる。

 

 

こいつら一体……とはじめは思ったが、無愛想な店員が多いこと、やたらと話しかけてくる愛想のいい店員もいること、まあいろんな人がいるんだな、と思った時点で「イライラしても全く意味がない」ということに気付いたわけです。みんな、やりたいようにやってるだけ。それに気付いた時、「これが噂の自己主張……!」と嬉しくすらなったものです。

 

 

これは極端な例かもしれませんが、日本人だって「シンクグローバル!」などと騒いでいるわけですから、やろうと思えばできるはず。私はニューヨークへ行った後、自己主張を強めにしていっています。そうすれば私の感性に合う人が「選ばれていく」し、私の感性に合わない人は「淘汰されていく」と考えているから。

 

 

承認欲求。この言葉が流行っていますが、その裏には「じゃあ自己主張しろよ」という言葉が隠されている、そんな気がします。自己主張もせず「認めてほしいの♡」そんなバカな話があるわけない。まずは自己主張。次に「私の意見に共感する人、この指と〜まれ♡」ですよね。

 

 

これは商売をしている人だけでなく、どんな人にも言えることではないでしょうか。日記ブログだってビジネスブログだって同じ。みんな好きに書いたらいいんですよ!

 

 

個人攻撃や個人批判は好きじゃないのでしませんが、それ以外の「私はこれが好き」とか「私はこう考えている」という話なんかどんどん書けばいい。「こんなことがあった」「あんなことがあった」それらのエピソードを細かく書くのは尚いい。

 

 

とにかくみんな、自分のメディア・自分のSNS・自分の場で、好きなようにしたらいい。好きなように、好きなことを書いたらいい。他人の意見にのっかるのは、その後がいいと私は考えます。