私がこれに気づいたのはいつのことだったか・・・。そう遠い昔のことではありません。ここ数年のことだと思います。


今38歳の私がこうですから、今20代の若者が気づかないのは当たり前かもしれないです。



「相手目線」って何でしょうか?



例えば「取扱説明書」
1ページ目からじっくり読んだのに、「電源の切り方がわからないよ~!」なんてことありませんか?


例えば「ECサイト」
会員登録したけどもう退会したい。なのに「退会方法がわからない」とか。
(これは退会させないための策略かもしれませんが)


いずれにしても、「買ってくれる人」「使ってくれる人」に対して説明するページで起きていることです。



「相手目線」とは、自分が作ったものを買ってくれたり、使ってくれたりする人の気持ちになりかわること。


「自分だったらどうだろう?」


こう考えればよいのですが、「簡単なようで難しい・・・」そう言う若者が私の周りにはたくさんいます。


彼らと話していて、気づいたことがあります。


それは、「自分が『知っている人』だということに気づいていない」ということ。


自分が知っていることは、もう当たり前の事実。だから今さら「自分はこのことをよく知っている人間だ」なんてこと、思いもしないわけです。


だから、相手目線になれないのですね。


文章を書く時も同じ。


「あなたが書いた文章を読む人は、あなたのことやあなたの体験を全く知らない」


このことを意識する。


そうすると、「もしかしてこのこと、相手は知らないかもしれないな」という相手目線の考えが浮かんできます。必要なことを省くことがなくなり、読み手にやさしい文章になります。



当たり前に気づかない。
当たり前だから気づかない。


だからこそ、
自分の「当たり前」を知ること。


それが「相手目線」に一番必要なことだと考えます。


そして、
相手目線があれば、こんなことにならずにすむんですね^^