可哀想、ではない | ひろこ黒柴道をゆく

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つくし(2003/8/8頃~2020/12/17)の記録と2019年4月に伯父から引き取った黒柴親娘ノンと華との生活を綴っています。22.10.10ノンを見送り23.1.27ちゃちゃ丸が加わりました。

たくさんのコメント本当にありがとうございます!

8月26日の写真照れ
たくさんお散歩しました。



皆さまの元気玉や温かいお気持ちはきっと届いていると思います。


自宅に戻って夫に説明をしながら考えました。


脳の疾患で右側に麻痺が出ている、ということはもう歩くことは難しい。
歩いてお散歩はもうできないのか。。
一緒に歩けないのか…

右側ということは嚥下はどうだろう?ご飯は食べられるのかな?
うどんチルチルできないのかな。

排泄はどうなるんだろう?
自力で排泄できるのかな。ちゃんと出なかったら膀胱炎や便秘になると全身の状態が落ちてしまう。


私はつくしさんを引き取ってお世話したい気持ちが大きいです。
病院も近いし。

だけどつくしさんはどうだろう?
目が見えにくい・耳が聞こえにくい・半身が動かない状態で母のいない知らないところへ連れてこられて、苦手なノン華の匂いや気配が常にある場所で余生をつくしさんらしく過ごせるのか?


母は「可哀想」と言うけれど、今嫌いな病院に入院していることは可哀想だとは思う。
でも例え寝たきりになってもつくしさんはつくしさんらしく懸命に生きられるのならそれは可哀想ではないと思うのです。
うまく言葉にできないのですが。