薩摩街道旧道を経て東へ進むと、宝現寺跡があります。廃仏毀釈で神社になっていますが、真言宗の名刹でした。
島津久光の廃仏毀釈で腕が斬られているけれど、許してくれているようなお顔です。
本殿はどう見てもお寺です!鹿児島の神社は瓦葺きが多い。これは敗戦後の無知から生じているのではと思っていました。でも此処は本来はお寺であるという、久光が後援した神道の専横に対する抵抗なのかもしれない。島津久光と西郷隆盛が、戊辰の役についての賞典禄処理で、著しく瑕疵を重ねたことが、西南の役以後の鹿児島の分断になっている。散逸している多くの文化財。このお寺さんにも、そういった現れを感じます。
最後はいつもの安国寺さん。サイクリングの基点です。








