昨夜 あっちぃさんの変容(トランスフォーム)ヒーリング後の

なにがあったか、の話をきいてたとき

「寂しさが凄くたまってる、言葉にならないんだね」と言われた。

 

 

確かに 母のことは

わかってたし 驚くほどその時期をなんなく乗り切れてしまった。

もちろん 寂しい。でもよかったね、というのもそれ以上にある。

肉体の痛みが 本当に最期はひどかったから。

 

 

心残りとか後悔とかではないけど

もっとなんとか出来なかったんだろうかと

思う事がすごくある。

痛みをコントロールしてあげたかった。

凄く難しいことなんて知ってる。

だけど通常の痛み止めでは追いつかなくなる痛み

麻薬を「神さまがくれたものかも」と昔思った理由

 

 

いたい、イタイ、

どうしてこんなにイタイのに

生きてなきゃイケナイの!

 

 

何度か聞いたことば。

 

 

モルヒネを点滴に変えてもらってから

コントロールはかなりよくなった。

それでも 副作用も強く出てくる濃度になるまで

あっという間だった。

眠らせる薬を併用するまで

あれこれに怖がる母の手を握るのが精一杯

 

 

もっと上手なコントロールが出来たのかなぁ。

 

 

難しいことはイヤと言うほど知ってる。

でも我慢強いひとが イタイ と叫ぶ。

手を当ててあげる皮膚の真下に

大きくなった腫瘍の固さが触れる。

それが巻き込んでいる神経そのものが

容易に分かる大きさ。

 

 

医者として痛みをなんとかしてあげたかった。

できないって分かっててもなんとかしたかった。

麻酔無しで おなかを開けずにおなかの中を切り裂いてるような痛みだと思った

だから 母を見送った時は

心底ホッとした。

ああ、この重たくて痛みを与える体からやっと出られたね。って。

 

 

別の考え方をすれば

あの本人の痛みをみてるから

悲しくても 寂しくても

ひとは その愛する人が旅立つのを

受け入れることもできるのかもしれない。