「一年分で26名のありがとう」のつづき。
たいした事無い数、といわれればそのとおり。
でも「なにか大きな事をしたつもりがない」なかで
その数ってなんだろう。
この26人に共通してたのは
「私はなにをしたつもりもなかった。
もっと言うと ただその人達の分岐点にいたくらい。」
分岐点を差し上げたつもりはないです。
多分、そのときにご縁があったというだけ。
でももう少し考えてみると
私の中心にいる私と 理性で考える‘私’が
一致した時に そのひとに出会っていたかな。
簡単にいうと
「私のやりたいことをやってて、理性の私が止めてなかった」
「私が確信として知っていたことを理性の私が止めず 言葉で出した時」
もうちょっと 現実的になにをやってたか を言うと
「ただ楽しくて自分が嬉しくて何かをやっていた時に話した人」
「直感アドバイスあるいは原石探し・・・のなかでも確信してたことを話した人」
ただ楽しくて自分が嬉しくて・・・これはあれですね、
「好きなことだけやっていれば上手く行く」系で勧められていること。
直感アドバイスと原石探しは これは出てくるかどうかはその時次第なのだけど
「確信で知っている」こと。
うん、中心にいる私、真ん中の私って やっぱり神さまだ。
多分 皆さんも同じだと思うのです。
龍のせいちゃんのおみくじことばは
私には何を書かされるのかわからないところがあります。
でも頂くフィードバックは
多分、ですが、それぞれの方の中心のその方が
ココロ震わせているのがわかります。
まんなか、ですよ、真ん中。
テニスのラケットのスイートスポットみたいに
そこに当たるとビックリするようなスピードと威力のボールが返るの。

スイートスポットに 私の確信があたるとき、か。
そりゃ、人生動くよね、私じゃなくたって・・・笑
コレを受け取ってくれている方が
私の話で はっ とすることが1つでもありますように。