週末は私、基本的に家族の時間に充ててます。

家族がどこかにいく、といえばそっちが優先。

家族が「ゴハンの後はムービータイム!」といえば

仕事が残っててもみんなでごろごろ

TVのまえで転がるのです。

 

 

そういうとき せいちゃんは気配を消します。

いるのは知ってるけど 

普段より10cmくらい離れていてくれます。

 

 

それでぼんやり思ったのよね。

みんな ご先祖様だったり神さまだったり仏さまだったり

眷属みたいなエネルギー体だったり、に守られてても

感じない、っていうのって こんな感じか。って。

 

 

普段の生活みたいに感じないもんね。

子供がすりっとしてくると ほわっ と温かいとか

こっそりつまみ食いしてたらすぐ後ろにダンナがいた、とか

それって 質量をもった存在を感じること。

でも「ちかくにいてくれるもの」は違うもんね。

 

 

いろんなやり方はあるのだろうけど

基本は 「みんな、だれでも、ちゃんとわかる」と知ることじゃないかな。

 

 

守る存在 はアピールしないようにしてくれてると思うのです。

それは 私たちの生活を尊重してくれているから。

私たちひとりひとりの「決める」力がいちばんだよ、と

いつも伝えたいから。

 

 

それでも存在を知りたい時は

日常の「お?!」って言う偶然とか

ラッキーなことをみつけたときに

「ありがとう!!!」っていってみたらいい。

心の中でいいから、「ありがとう!!」って。

 

 

次のラッキーとか小さな嬉しい事が

きっと またみつかる。

 

 

そうしたら「ありがとう!!」をもう一度。

 

 

そういうことを繰り返すと

カーテンを開けたらちょうど朝日が お向かいの屋根の上からのぞいた、とか

突風に足を止めて目を閉じたら

開いた目の前に飛び込んできたのが 春色をした雑草の芽だったとか

そんな当たり前が 特別な意味をもって見えてくると思います。

 

 

 

ここまできたらもう一息!

ココロの耳をすます。

ココロで話しかける。

何度も、何度も。

 

 

自分のアタマのなかで「自問自答しちゃってるよ」ww というのがあったら

おめでとう! もう一回その感覚、探ってみよう!

自問自答の多分半分以上は

守ってくれているものの声。

自分の声、ってわかるものは「ワタシという神さま」

 

 

むずかしくない。

本当はむずかしくない。

きっとできる。

 

 

こういうのをかけ、って

今日はめずらしくせいちゃんが言っておりました 笑

 

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そんな龍の青漆(せいちゃん)が

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